高校までの「受験数学」と「大学数学」とのギャップは非常に大きい.難易度はもちろんのこと,教科書や演習書といった学習のために必要なツールも大きく異なる.ここでは,そのような「大学数学」の学び方をお伝えしよう.
大学数学から見た受験数学
本題に入る前に,受験数学と大学数学の共通点・相違点を確認しておこう.
難易度
難易度については,圧倒的に大学数学のほうが難しい.もちろん,受験数学が易しいというわけではなく,大学数学が難しすぎるのである.この理由として,大きくは次の3つが挙げられる.
- 受験数学で直感的に扱っていた概念や定理を,大学数学ではより厳密に扱い直す.
- 抽象度が上がり,具体例を挙げたり,定義された概念をイメージしたりすることが難しい.
- 受験数学では様々な参考書・問題集があり,「新しさ」や「分かりやすさ」,「デザイン」などが優れているが,大学数学では数十年前に発売された定評のある高度な数学書を使うことが多い.
1つずつ説明していこう.
厳密性が求められる大学数学
多くの理工系の大学1年生は,最初に線形代数と微分積分を学ぶこととなる.特に,数学科や一部の物理学科などの学生は微分積分の講義で,多くの学生が苦手意識をもつことで有名な「$\varepsilon -N$論法」や「$\varepsilon -\delta$論法」を学ぶこととなるだろう.これは高校数学で扱った「極限」を厳密に定義するために導入される,厳密性が求められる大学数学にとって必要不可欠な論理なのである.
高校数学では,数列の極限を次のように説明していた.
数列$\{ a_n\}$において,$n$を限りなく大きくするとき,$a_n$が一定の値$\alpha$に限りなく近づくならば,
\[ \lim_{n\to \infty }a_n=\alpha \qquad または\qquad n\to \infty のときa_n\to \alpha \]
と書き,この値$\alpha$を数列$\{ a_n\}$の極限値という.また,このとき,数列$\{ a_n\}$は$\alpha$に収束するといい,$\{ a_n\}$の極限は$\alpha$であるともいう.
出典:数学Ⅲ;数Ⅲ708, 数研出版, 2023
しかし,これは厳密ではない.「限りなく大きく」や「限りなく近づく」といった表現が曖昧なためである.例えば,ある人は「$10000$は限りなく大きい数である」と言うかもしれないが,「$10000$は小さい数である」と言う人もいるだろう.数の大小関係を厳密に表現するには「基準」が必要である.また,ある人は「$4.99$は$5$に限りなく近い」と言うかもしれないが,「$4.99$は$5$から離れている」と言う人もいるだろう.数の距離関係を厳密に定義するには,基準との「絶対値」が必要である.
補足
一般に,形容詞は主観的な表現であり,客観的な表現が求められる数学において適当でないことが多い.
そこで,大学数学では,数列の極限を次のように厳密に定義する.
数列$\{ a_n\}$が$\alpha \in \mathbb{R}$に収束することを,次のように定義する.
任意の$\varepsilon >0$に対し,ある$N\in \mathbb{N}$が存在し,$n\ge N$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$|a_n-\alpha |<\varepsilon$となる.
ここでは,正の整数,実数全体の集合をそれぞれ$\mathbb{N},\mathbb{R}$で表し,集合を用いて明確に文字が表すものを定義している.また,$N$という基準を用いて数の大小関係を表し,$a_n$と基準$\alpha$の距離を$a_n-\alpha$の絶対値で表している.これは$\varepsilon -N$論法と呼ばれているが,その詳細な解説は別記事に譲ることとする.
いずれにせよ,この$\varepsilon -N$論法は高校数学で直感的に説明された極限を厳密に定義するものである.
大学数学の高い抽象性
大学数学では,高校数学と比べて遥かに抽象的な概念を導入し,数学的に扱っていくこととなる.その代表的な例として,群の定義を挙げよう.
任意の$a,b\in G$に対し,$a$と$b$の積$ab\in G$が定義されているとき,次の3条件を満たす$G$を群という.
- [結合律]任意の$a,b,c\in G$に対し,$(ab)c=a(bc)$
- [単位元の存在]ある$e\in G$が存在し,任意の$a\in G$に対し,$ae=ea=a$となる.特に$e$を$G$の単位元という.
- [逆元の存在]任意の$a\in G$に対し,ある$b\in G$が存在し,$ab=ba=e$となる.特に$b$を$a$の逆元という.
注意
ここでの「積」とは,算数で教わる通常の「掛け算の答え」を指しているとは限らない.厳密な定義は次のようになる.
ある写像$\phi :G\times G\to G$が定義されているとき,$\phi (a,b)$を積といい,$ab$で表す.
群の定義を初めて見たとき,イメージすることが難しいという印象を受ける人は多い.そこで,群の例を見ていくこととなる.
例えば,整数全体の集合$\mathbb{Z}$は,通常の加法について群である.まず,加法に関する結合法則が成り立つから,任意の$a,b,c\in \mathbb{Z}$に対し,$(a+b)+c=a+(b+c)$である.また,単位元は$0\in \mathbb{Z}$である.実際,任意の$a\in \mathbb{Z}$に対し,$a+0=0+a=a$である.さらに,$a\in \mathbb{Z}$の逆元は$-a$である.実際,任意の$a\in \mathbb{Z}$に対し,$a+(-a)=(-a)+a=0$である.
例えば,有理数全体から$0$を除いた集合$\mathbb{Q}\backslash \{ 0\}$は,通常の乗法について群である.まず,乗法に関する結合法則が成り立つから,任意の$a,b,c\in \mathbb{Q}\backslash \{ 0\}$に対し,$(ab)c=a(bc)$である.また,単位元は$1\in \mathbb{Q}\backslash \{ 0\}$である.実際,任意の$a\in \mathbb{Q}\backslash \{ 0\}$に対し,$a\times 1=1\times a=a$である.さらに,$a\in \mathbb{Q}\backslash \{ 0\}$の逆元は$\dfrac{1}{a}$である.実際,任意の$a\in \mathbb{Q}\backslash \{ 0\}$に対し,$a\times \dfrac{1}{a}=\dfrac{1}{a}\times a=1$である.
つまり,群は整数や有理数といった演算が導入された集合の構造をより一般的に扱うために導入された概念である.
数学は一般化することにより,具体的な事象だけでなく,より幅広い事象を扱えるようにする.そのとき,共通点は残るが相違点は削られてしまうため,より抽象的になる.抽象的なものは必然的に理解することが難しくなってしまうが,それこそが数学の本質である.
古くても値段が高い数学書
さて,受験数学よりも難しい大学数学を学ぶために欠かせないのが数学書である.受験数学とは異なり,分かりやすい参考書などは基本的に存在しない.これには様々な理由が考えられる.
まず,受験数学ではその範囲が明確に定まっている.つまり,この内容は受験に出るが,この内容は受験に出ないといった線引きができる.しかし,大学数学はそうはいかない.学ぼうと思えば,いくらでも学ぶことがある.そのため.数学書によって載っている事柄が大きく異なるのも珍しくはない.さらに,受験数学の範囲は,文部科学省の学習指導要領によって決まるが,それは定期的に更新されている.つまり,それに伴って参考書や問題集は改訂され,内容を変更するついでに,説明を分かりやすくしたり,デザインを見直したりといった事が可能になる.しかし,大学数学はそのような変更がないため,改訂されることは極めて珍しい.特に,数学は時代によって変化することがほとんど無いため,変更する必要もほとんどないのである.
また,数学書は大学教授によって執筆されることがほとんどである.教授は研究のプロであるものの,学問を教えるプロではない.もちろん,平均的には教えることに長けているかもしれないが,大学数学は受験数学よりも「学問的」であるため,分かりやすさよりも厳密さが優先される.それこそが数学書の性格であるから,どうしても難しくなってしまう.
そうなると,昔から評判の良い「定番の数学書」が確立される.受験数学の場合は,毎年のように新しい参考書や問題集が出るため,数年経つだけでおすすめの参考書は大きく変わる.しかし,大学数学ではそのようなことは少ないのだから,逆に言えば数学書選びで迷うことは少ない.
ただし,数学に限らず専門書は価格が高いため,購入する際には入念に選ぶ必要がある.
目的
受験数学の目的は「入試で高得点をとること」である.そして,入試問題の半分以上は「~を求めよ」という形式であった.中には「~を示せ」という形式もあったが,それこそが大学数学の目的である.
現代数学は,新しい定理を発見することが目的である.まず,成り立ちそうな定理を予想し,その証明を試みる.成り立ちそうかどうかは,様々な具体的なケースを試してみて判断することになるが,証明を試みる中で,その予想が成り立っていないことが分かることもしばしばあるだろう.ただ,新しい定理を見つけるということは,その予想に論理的な欠陥のない証明を与えられたということなのである.
もちろん,現代数学においても「~を求めよ」という形式の問いが存在する.例えば,この記事を執筆している2024年8月現在,見つかっている最大の素数は$2^{82589933}-1$であるが,「これより大きい素数を求めよ」という問題は,ある意味未解決なのである.ただ,このときも証明が必要である.というのも,仮にそのような素数が見つかったとして,それが本当に素数であることを証明する必要がある.つまり,証明は現代数学において最も重要な部分なのだ.
面白さ
数学のどのようなところに面白さを感じるかは人によって異なるが,おそらく受験数学と大学数学では違った面白さがある.
受験数学,特に算数では「限られた範囲の中でどのように問題を解くか」を考えるところに面白さがある.例えば,中学数学の知識を使えば簡単に解けてしまう問題を,あえて算数の範囲に限って解こうとすると,一気に難易度が上がることがある.また,典型問題であれば解法がすぐに思い浮かぶかもしれないが,難問の場合はそううまくはいかない.試行錯誤を繰り返し,今までになかった発想をして問題が解けたときの爽快感は何者にも代えがたいだろう.
大学数学でも,あることを証明したいときに,今までになかった発想でアプローチすることでうまくいくことは多い.特に未解決問題に挑むときは,そのような発想が欠かせない.典型的な発想で解ける問題は,未解決にはならないはずだからだ.
また,一口に数学と言っても様々な分野がある.数学科の学生は,自分が興味のある分野に絞って探求することができるため,好きな数学の特に好きな部分に集中して数学ができる環境はとても素晴らしい.そして何よりも,分からなかったことが理解できた瞬間が何よりの喜びである.
学習ツール
長い前置きはここまでにして,ここから本題に入ろう.
まず,大学数学を学ぶうえで欠かすことのできない学習ツールを紹介する.
数学書
大学数学の学習ツールの代表格が数学書である.先ほども触れたが,数学書は古いものが多く,値段も高いが,特に定評のある1冊を選んだ場合,その恩恵は非常に大きいだろう.数学書の読み方については後述するが,原則として,1回読み切っただけで理解できるものではないことに注意が必要である.
最近出たものであると電子書籍として発売されていることもあるが,昔からある本は紙でしか発売されていないことがほとんどであるため,筆者は基本的に紙で購入するようにしている.また,費用もかかるため,新刊以外はなるべく状態の良い(書き込みのない)中古品を買うようにもしている.ちなみに図書館は一時的に使用する本を借りるために使い,今後も使う可能性がある本は購入するようにしている.
PDFファイル
数学書は有料なのに対し,インターネット上にあるPDFファイルは無料であることが多い.特に,大学が公開しているPDFファイルは品質も高く,何より日本語で書かれていることが多いため,数学の学習には大いに役立つことだろう.
Googleでは,「検索したいキーワード filetype:pdf」と検索すると,PDFファイルのみがヒットする.
いつ非公開になってしまうか分からないため,できるだけ保存しておくとよい.
Webサイト
Webサイトも無料であるためおすすめである.ただし,PDFファイルと比較するとその信憑性には注意する必要がある.ただし,有名なサイトであれば記事の内容はチェックされている事がほとんどである.
もちろん,知りたい内容を検索し,検索結果の上位に出てきたサイトの記事を閲覧するというのも悪くはないが,いくつかの信頼できる数学系Webサイトをブックマークしておき,そのサイト内の記事を優先的に閲覧するようにすると良いだろう.
そして,PDFファイルと同様にWebサイトもいつ閉鎖されるか分からない.そのため,重要なページはダウンロードしたりスクリーンショットで保存したりすると良いだろう.
YouTube
YouTubeも有効だ.無料で視聴できるのはもちろんのこと,何より動画であるというメリットは大きい.他の媒体では得られない視覚的な理解は,数学を学ぶうえで一助となってくれるだろう.
そこまでたくさんの動画があるわけではないが,線形代数や微分積分と行った基本的な内容であれば,コンテンツが充実しているため,ぜひとも活用してほしい.
数学ソフト
数学の問題を解くときに,途方もない計算を強いられたり,関数のイメージが湧かなかったりすることもあるだろう.そんなときは,インターネット上にある無料で使える数学ソフトや計算ツールを用いると良いだろう.
万能な計算知能やグラフ描画ツール,図形描画ツールや統計ツールなど様々な種類があるため,積極的に使うようにすると良いだろう.
$\TeX$
インプットしたことはアウトプットする必要がある.その時に重要なツールが$\TeX$である.$\TeX$とは,数式入力に特化した文書作成ソフトである.Wordなどとは異なり,プログラミングのように文書を作成するのだが,$\TeX$を用いた数式入力は全世界で普及しており,正式な論文も$\TeX$を用いて執筆されている.
実際,このサイトは$\KaTeX$というWeb上の数式入力方法を用いている.$\TeX$と同じ書き方で数式が入力できるため,非常に便利である.
学生であれば課題やレポート提出にも使えるほか,理工系学生の卒業論文などではもはや必須となるため,なるべく早いうちに使い始めると良いだろう.
生成AI
近年は生成AIの進化が止まらない.最初のうちは数学の問題を解くことを苦手としていた生成AIは,今では基本的な問題であれば解けるようになってきた.
分からない問題を投げかけると,すぐに答えを提示してくれるため,使ってみても良いかもしれない.ただし,間違った答えを提示してくることもかなりあるため,いろいろなAIに訊いてみたり,自分で手を動かして確かめてみたり,AIに問い詰めてみたりすると,良い答えにたどり着けるかもしれない.
あくまでも参考程度に利用しよう.
数学書の読み方
それでは,いよいよMathAbyss流の数学書の読み方をご紹介しよう.もちろん,これが正解の読み方というわけではないため,参考程度にとどめておいてほしい.
必要なもの
- 数学書(またはPDFファイルなど)→紙媒体がおすすめ
- タブレットと付属ペン(なければ紙とペンで代用)→ノートとして使う
- 付箋
- 無地のノート(または白紙)とシャープペンシル→演習で使う
読み始める前に
いきなり数学書を開いて読み進めるのではなく,まずは準備をしておこう.
数学書を選ぶ
数学書の選び方から始めよう.
- 学びたい分野・テーマが決まったら,Amazonなどの書籍販売サイトやWebサイトでのレビューをたくさん調べ,比較し,候補となる数学書を数冊に絞り込む.
- 数学書が豊富な書店(かなり大きい店舗に限られる)に行き,実際に手にとってさらに2,3冊に絞る.近くに書店がない場合は,図書館やインターネット上の試し読みを活用して比較する.
- 絞り込んだ2,3冊を紙媒体で購入する(実店舗やインターネット上の販売サイトで購入してもよいが,大学生であれば生協で購入したほうが得).新刊でなければ中古品を購入してもよい.その場合は書き込みのないなるべく綺麗な状態の物を選ぶことを強く推奨する.
数学書を1冊読み切るというのは,非常に大変である.そのため,同じ分野を扱った数学書を複数冊持っておくと,分かりづらい部分をもう1冊で補うことができると大変便利である.
数学書を読みやすくする
数学書を手に入れたらすぐに読み始めるというわけではなく,読みやすくするための準備が欠かせない.
- 購入した数学書の出版社のサイト内にある書籍紹介ページにアクセスし,正誤表や参考資料を探す(特に正誤表や演習問題の詳細解答は,個人でまとめてくれている場合があるため,インターネット上で検索してみるとよい).
- 正誤表を参考に数学書を訂正していく.
- 目次と各項目に割かれているページ数を把握し,数学書を読み進めるペースを大まかに決める.
新しい数学書を購入したら正誤表を確認するというルーティーンは欠かせない.絶対に確認しておこう.
数学書を読む心構え
分からなくて当たり前
大学数学の難しさを考えると,数学書を読んでも「何を言っているのかよく分からない」状態となる場面は頻繁に現れる.一般的な書籍とは異なり,学問を扱う専門書は「読者に内容が伝わること」が目的というよりかは「正しい知識・考え方を伝えること」を目的としているため,その性質上致し方ない.
定義や命題を1つずつ確認していき,どこまで分かっていて,どこから分かっていないのかという線引を明確にしておこう.
では,分からないところに遭遇したとき,どうすればよいのだろうか.
読み飛ばす勇気
第1解決策が「読み飛ばす」である.
もちろん,数学書は前提知識を出発点として,様々な推論を行い,そうして得られた結果や新しい概念などを用いて,次の結果を導く.つまり,最初から順番に読み進めていくことが理想である.
しかし,分からない箇所に遭遇したためにそこで足止めされるというのは非常にもったいない.
「読み飛ばしても大丈夫なのか」と不安になる人もいるかも知れないが,意外とそんなことはない.
例えば,ある定理の証明の途中で分からなくなってしまったとしても,その定理の主張を理解していれば,読み進めるのには何の問題もない.また,今後も使う重要な定理の主張が分からない場合は,読み飛ばしてみて,別の定理の証明で,その定理が使われている部分を丁寧に追っていくと,主張が理解できるようになるかもしれない.
読み飛ばせば分かるようになるという保証はないが,この方法が有効であることは間違いない.実際,筆者も読み飛ばして後で戻ってくることによって理解できるようになった経験がいくつもある.
他の数学書,PDFファイル,記事をとにかく調べる
第2解決策が「他の説明を調べる」である.
これはとても有効で,他の数学書などではもっと分かりやすく説明されていたり,図が載っていたりするかもしれない.筆者も他の説明を見て理解できたということはたくさんある.
そのために重要なのが数学書の複数冊購入である.数学書の選び方においても強調したが,複数冊所持しておくことで,分かりづらい箇所を補い合うことができる.昔から定評のある数学書であれば難解であることが多いため,比較的新しい数学書をもう1冊持っておくと安心である.
質問してみる
LINEのオープンチャットやDiscord,Xなどで質問をしてみるというのも選択肢の1つである.Xで質問するというのは少し敷居が高いかもしれないが,LINEやDiscordであれば,規模の大きいグループに参加して質問すれば,おそらく誰かが解答してくれる.たくさんの人が参加しているからこそ,信憑性も高い.
また,生成AIに質問を投げかけるのも悪くはない.ただし,必ずしも正しい返答をしてくれるとは限らないため,非常に注意が必要だ.
演習問題を解く必要はない
多くの数学書には,章末に演習問題が載っていることが多い.こうした問題を解くことは理解したことの定着につながるため,重要であるが,デメリットもある.
まず,演習問題を解くには時間がかかる.すべての演習問題を解いていては,なかなか数学書を読み進めることができない.特に,新しいことを学ぼうとしているときは,その内容をまだ十分理解していない状態で問題を解くことになるため,必然的に多くの時間がかかってしまう.
また,演習問題が極端に難しい場合がある.演習問題の難易度にはばらつきがあり,数学書によって様々である.演習問題に未解決問題が載っている数学書も存在するほどである.数学書の内容を理解することに奮闘している人が,その分野の未解決問題を解くことは無謀と言ってもよい.
さらに,演習問題の解答が略されすぎている場合もある.大抵の場合,演習問題の解答は巻末に掲載されているが,詳細解答ではなく略解であることが多い.Web上に詳細解答が公開されている優良な数学書もあれば,解答が一切載っていない数学書もある.さらには,他の本を参照させる場合もある.答え合わせのしようがないものを解いても,自分の考えの正しさを確かめる術がない.
もちろん,演習問題をすべて解ききるというのは理想的であるし,時間や解答のある限り,問題を解いて損はしない.しかし,現実的とは言えないため,問題を解くことを含めて数学書を1周読み切るよりは,数学書を2周読み切ったほうが良いかもしれない.
演習問題の使い方の詳細については後述する.
フィードバックの方法
数学書を読み終わったら,次にするべきことは
- 読み飛ばした部分を再考する
- 定義や命題を理解しているか確認する
- 本の中の演習問題を解いてみる
- 同じ分野の他の数学書を読んでみる
- 演習書を購入し,問題をひたすら解く
などが挙げられる(優先順位の高いものから載せている).特に「読み飛ばした部分を再考する」ことはやってほしい.読み飛ばした部分が1箇所理解できるようになると,それに伴って他の部分も解決したりすることがある.分からなかったところが分かるようになるという体験は,間違いなく自分を成長させてくれるため,できるだけ解決できるようにしよう.
問題の解き方
数学書の内容が一通り理解できれば,問題を解いて理解を確実にするとよい.
まずは自力で解く
数学書(特に演習書)には様々な難易度の問題があるが,まずは自力で解き進めていこう.このとき,忘れている定義や命題は逐一確認してもよい(むしろ確認するべき)が,問題の解答を見てはいけない.
解答を見て理解する
解き終わったら答え合わせへ.なるべく厳しく採点し,不正解だった問題は「どこで間違えたのか」をピンポイントで指摘し,解答を熟読して理解に努めよう.
正解だった問題も,別解が掲載されている場合もあるため,漏れなく確認しておこう.
解答がない場合は
そううまくはいかない場合もある.それは解答がない場合だ.自分の目で答案を確かめて「これは合っている」と思えるものもあるかもしれないが,こういう場合は他の人からの目線が必要だ.知人に訊くのもよし,SNS上で訊いてみるのもよし,数学ソフトに投げるのも良いだろう.生成AIに訊いてみるのもよいが,やはり正確性に問題があるため,頼りすぎないほうが良いだろう.
もう一度解いてみよう
解答を理解したら,時間を空けて,後日同じ問題をもう一度解いてみよう.
解けていたはずの問題も,意外と忘れてしまっていることもある.定義や命題の定着のためにも,できるだけ解き直すようにするとよい.
院試対策の特記事項
院試の過去問を解くとなれば,少々話が変わってくる.まず,院試の問題は大学受験などとは異なり「過去問とその解答」を完全収録した本が出版されているわけではない.
まず,大学院のWebサイトから募集要項を入手し,おそらく掲載されているであろう過去問を入手する.そして,一度全て解いてみてほしい.
院試の問題の解答が大学院のWebサイトに公開されているケースは稀であるため,個人がインターネット上に公開してくれている解答を(調べまくって)入手し,どうしてもわからない問題は,SNS上で誰かに訊くことで解決できるようにしよう.
ただ,最も大切なのは,同じ大学院を目指す知人をつくっておくことだ.院試対策に誰かとの協力はもはや欠かせない.近くにそのような人がいない場合は,インターネット上で繋がれるようにしておくとよい.
コミュニティに参加しよう
さて,難しい大学数学を学ぶには(特に院試対策では),やはり一人の力では厳しいものがある.そこで,数学の話が気軽にできる人との繋がりを作っておくとよい.
もちろん,同じ学部学科の同学年の学生は理想的であるが,そううまくはいかない.自分との共通点が多い人と繋がっておくと必ずお互いにとって役に立つのだが,見つかりにくいだろう.そこで,XやLINEのオープンチャット,DiscordといったSNSで繋がるという選択肢が出てくる.特にLINEのオープンチャットやDiscordでは,規模が大きいところに入ると,いつでも質問できていつでも答えてくれる.そして,誰かの質問にも答えてあげることができる.勉強したことを教え合うことは,お互いの学力を高めてくれる.すなわち,メリットしかない.
また,今では数学の記事を自由に公開できるプラットフォームや,自作問題を投稿できるプラットフォームも充実してきた.誰でも気軽に無料で参加できるため,ぜひとも数学のコミュニティに飛び込んでほしい.
MathAbyssでは,様々な分野の数学記事を無料で公開している.これまでの数学書にない「分かりやすさ」と「見やすさ」を取り入れつつ,厳密で丁寧な議論を展開しているため,既存の数学書などとともに数学を学ぶ一助となれば幸いである.