剰余類は群構造を持つとは限らない.剰余類に群構造を入れる手段に一つとして,正規部分群を導入する.
正規部分群
$G$を群,$H$を$G$の部分群とする.
任意の$g\in G$と任意の$h\in H$に対して,$ghg^{-1}\in H$となるとき,$H$を$G$の正規部分群(normal subgroup)といい,$H\triangleleft G$(または$G\triangleright H$)で表す.
正規部分群の重要性は,エヴァリスト・ガロア(Évariste Galois, 1811-1832)によって初めて示唆されたと言われている.特にその応用例として重要な剰余群については,以下の記事で詳しく解説している.
実は,可換群の部分群は正規部分群になる.
可換群の任意の部分群は正規部分群である.
$G$を可換群,$H$を$G$の部分群とする.
任意の$g\in G$と任意の$h\in H$に対して
\[ ghg^{-1}=gg^{-1}h=h\in H\]
が成り立つから,$H\triangleleft G$である.$\blacksquare$
すなわち,非可換群の部分群についてのみ,正規部分群であるかどうかを調べればよい.
正規部分群の例
正規部分群の例をいくつか紹介しよう.
$G$を群とする.
- $G$は$G$の正規部分群である.
実際,任意の$g,h\in G$に対して
\[ ghg^{-1}\in G\]
であるから,$G\triangleleft G$ - $\{ e\}$は$G$の正規部分群である.
実際,任意の$g\in G$に対して
\[ geg^{-1}=e\in \{ e\} \]
であるから,$\{ e\} \triangleleft G$
$n\in \mathbb{N}$とする.
任意の$\sigma \in \mathfrak{S}_n$と任意の$\tau \in \mathfrak{A}_n$に対して
\[ \operatorname{sgn}(\sigma \tau \sigma ^{-1})=(\operatorname{sgn}\sigma )(\operatorname{sgn}\tau )(\operatorname{sgn}\sigma )=\pm 1\cdot 1\cdot \pm 1=1\quad (複号同順)\]
が成り立つから
\[ \sigma \tau \sigma ^{-1}\in \mathfrak{A}_n\]
よって,$\mathfrak{A}_n\triangleleft \mathfrak{S}_n$である.
$n\in \mathbb{N}$,$K$を体とする.
任意の$A\in \mathrm{GL}_n(K)$と任意の$B\in \mathrm{SL}_n(K)$に対して
\[ \det (ABA^{-1})=(\det A)(\det B)(\det A)^{-1}=\det B=1\]
が成り立つから
\[ ABA^{-1}\in \mathrm{SL}_n(K)\]
よって,$\mathrm{SL}_n(K)\triangleleft \mathrm{GL}_n(K)$である.
$G$を群とする.
$\operatorname{Inn}G$は$\operatorname{Aut}G$の正規部分群である.
$\phi \in \operatorname{Aut}G$と$\psi \in \operatorname{inn}G$を任意にとると,ある$g\in G$が存在して
\[ \psi (h)=ghg^{-1}\quad (h\in G)\]
となる.このとき,任意の$x\in G$に対して
\[ \begin{aligned}(\phi \psi \phi ^{-1})(x)&=\phi (\psi (\phi ^{-1}(x)))\\ &=\phi (g\phi ^{-1}(x)g^{-1})\\ &=\phi (g)\phi (\phi ^{-1}(g))\phi (g)^{-1}\\ &=g\end{aligned}\]
であるから
\[ \phi \psi \phi ^{-1}\in \operatorname{Inn}G\]
となる.
$\operatorname{Inn}G$は$\operatorname{Aut}G$の部分群であるから1,$\operatorname{Inn}G\triangleleft \operatorname{Aut}G$が従う.$\blacksquare$
正規部分群の判定
例2や例3では,正規部分群であることを確かめるのに準同型写像を用いている.実は,次の定理が成り立つ.
$G_1,G_2$を群,$f:G_1\to G_2$を準同型写像とする.
$\operatorname{Ker}f$は$G_1$の正規部分群である.
任意の$a\in G_1$と任意の$b\in \operatorname{Ker}f$に対して
\[ \begin{aligned}f(aba^{-1})&=f(a)f(b)(f(a))^{-1}\\ &=f(b)=e\end{aligned}\]
が成り立つから
\[ aba^{-1}\in \operatorname{Ker}f\]
$\operatorname{Ker}f$は$G_1$の部分群であるから2,$\operatorname{Ker}f\triangleleft G_1$である.$\blacksquare$
生成元を考えるだけでも,正規部分群であるかどうかを判定することができる.
$G$を群,$H$を$G$の部分群,$S$を$G$の生成系,$T$を$H$の生成系とする.
$H$が$G$の正規部分群であることの必要十分条件は,任意の$x\in S$と任意の$y\in T$に対して,$xyx^{-1}\in H$かつ$x^{-1}yx\in H$となることである.
特に,$G$が有限群であるとき,$H$が$G$の正規部分群であることの必要十分条件は,任意の$x\in S$と任意の$y\in T$に対して,$xyx^{-1}\in H$となることである.
定義1より,いずれも必要性は明らかであるから,十分性を示せばよい.
任意の$h\in H$に対して,ある$n\in \mathbb{N}$と$y_1,y_2,\dots ,y_n\in T$が存在して
\[ h=y_1^{\pm 1}y_2^{\pm 1}\dots y_n^{\pm 1}\]
となる.
このとき,任意の$x\in S$に対して
\[ \begin{aligned}xhx^{-1}&=xy_1^{\pm 1}y_2^{\pm 1}\dots y_n^{\pm 1}x^{-1}\\ &=xy_1^{\pm 1}x^{-1}xy_2^{\pm 1}x^{-1}\dots xy_nx^{-1}\in H\end{aligned}\]
が成り立つから
\[ xHx^{-1}\coloneqq \{ xhx^{-1}\mid h\in H\} \subset H\]
また
\[ \begin{aligned}x^{-1}hx&=x^{-1}y_1^{\pm 1}y_2^{\pm 1}\dots y_n^{\pm 1}x\\ &=x^{-1}y_1^{\pm 1}xx^{-1}y_2^{\pm 1}x\dots x^{-1}y_nx\in H\end{aligned}\]
が成り立つから
\[ x^{-1}Hx\coloneqq \{ x^{-1}hx\mid h\in H\} \subset H\]
また,任意の$g\in G$に対して,ある$m\in \mathbb{N}$とある$x_1,x_2,\dots ,x_m\in S$が存在して
\[ g=x_1^{\pm 1}x_2^{\pm 2}\dots x_m^{\pm 1}\]
となる.このとき
\[ \begin{aligned}gHg^{-1}&=(x_1^{\pm 1}x_2^{\pm 2}\dots x_m^{\pm 1})H(x_1^{\pm 1}x_2^{\pm 2}\dots x_m^{\pm 1})^{-1}\\ &=(x_1^{\pm 1}x_2^{\pm 2}\dots x_{m-1}^{\pm 1})x_m^{\pm 1}H(x_m^{\pm 1})^{-1}(x_1^{\pm 1}x_2^{\pm 2}\dots x_{m-1}^{\pm 1})^{-1}\\ &\subset (x_1^{\pm 1}x_2^{\pm 2}\dots x_{m-1}^{\pm 1})H(x_1^{\pm 1}x_2^{\pm 2}\dots x_{m-1}^{\pm 1})^{-1}\\ &\subset (x_1^{\pm 1}x_2^{\pm 2}\dots x_{m-2}^{\pm 1})H(x_1^{\pm 1}x_2^{\pm 2}\dots x_{m-2}^{\pm 1})^{-1}\\ &\subset \dots \\ &\subset x_1^{\pm 1}H(x_1^{\pm 1})^{-1}\subset H\end{aligned}\]
であるから
\[ ghg^{-1}\in H\]
したがって,$H\triangleleft G$である.
特に,$G$が有限群であるとき,その位数を$k$とすると,任意の$x\in S$に対して,$x^k=e_G$であるから,$x^{-1}=x^{k-1}$
よって,任意の$x\in S$と任意の$y\in T$に対して,$xyx^{-1}\in H$であれば,$H\triangleleft G$が成り立つ.$\blacksquare$
定理2を用いると,正規部分群を構成することができる.
$G$を群,$S\subset G$とする.
\[ N=\langle \{ xyx^{-1}\mid x\in G,y\in S\} \rangle \]
は$S$を含む最小の$G$の正規部分群である.
$N$の定義より,$S\subset N$である.$n\in N$を任意にとる.
$N^{\prime}$を$S$を含む$G$の正規部分群とする.
ある$x\in G$とある$y\in S$が存在して
\[ n=xyx^{-1}\]
となる.このとき
\[ x^{-1}nx=x^{-1}xyx^{-1}x=y\in S\]
であり,$S\subset N^{\prime}$であるから
\[ x^{-1}nx\in N^{\prime}\]
$N^{\prime}$は$G$の正規部分群であるから
\[ n=xx^{-1}nxx^{-1}\in N^{\prime}\]
よって,$N\subset N^{\prime}$である.
任意の$g\in G$と任意の$a\in G$及び$b\in S$に対して
\[ aba^{-1}\in \{ xyx^{-1}\mid x\in G,y\in S\} \]
であり
\[ gaba^{-1}g^{-1}=(ga)b(ga)^{-1}\in N\]
であるから,定理2より,$N\triangleleft G$である.$\blacksquare$
最小の正規部分群は$\{ e\}$である.
可換群の左剰余類と右剰余類は一致する.この性質は正規部分群の必要十分条件を与える.
$G$を群,$N$を$G$の部分群とする.
$N$が$G$の正規部分群であるための必要十分条件は,任意の$g\in G$に対して,$gN=Ng$が成り立つことである.
$g\in G,n\in N$を任意にとる.
まず,必要性を示す.
$N\triangleleft G$であるから
\[ gng^{-1}\in N\]
$n_1=gng^{-1}$とおくと
\[ gn=n_1g\]
であるから,$gn\in Ng$
よって,$gN\subset Ng$である.
また,$N\triangleleft G$であるから
\[ g^{-1}ng\in N\]
$n_2=g^{-1}ng$とおくと
\[ ng=gn_2\]
であるから,$ng\in Ng$
よって,$Ng\subset gN$である.
以上より,$gN=Ng$である.
次に,十分性を示す.
$gn\in gN$であるから,$gN=Ng$より,ある$n^{\prime}\in N$が存在して
\[ gn=n^{\prime}g\]
となる.このとき
\[ gng^{-1}=n^{\prime}\in N\]
となるから,$N\triangleleft G$である.
$\blacksquare$
さらに,剰余類の立場から,正規部分群であるための十分条件を与えることができる.
$G$を群,$N$を部分群とする.
$(G:N)=2$ならば,$N$は$G$の正規部分群である.
\[ G/N=\{ N,gN\} \]
とおく($N\neq gN$).$x\in G$と$y\in N$を任意にとる.
$xy\in N$のとき,ある$n_1\in N$が存在して,$xy=n_1$となる.
よって,$x=n_1y^{-1}\in N$となるから
\[ xyx^{-1}\in N\]
$xy\in gN$のとき,ある$n_2\in N$が存在して,$xy=gn_2$となる.
よって,$x=gn_2y^{-1}\in gN$となるから
\[ xyx^{-1}=gn_2yn_2^{-1}g^{-1}\]
ここで,$xyx^{-1}\in gN$であると仮定すると,ある$n_3\in N$が存在して
\[ gn_2yn_2^{-1}g^{-1}=gn_3\]
となる.ゆえに
\[ g=n_3^{-1}n_2yn_2^{-1}\in N\]
であるから,$gN=N$となり矛盾.よって
\[ xyx^{-1}\in N\]
以上より,$N\triangleleft G$である.$\blacksquare$
- 内部自己同型群が自己同型群の部分群であることは,以下の記事の補題3を参照するとよい.
https://mathabyss.com/automorphism ↩︎ - 準同型写像の核が定義域の部分群であることは,以下の記事の定理1を参照するとよい.
https://mathabyss.com/homomorphic-isomorphic#toc2 ↩︎