数列の極限とは,$\varepsilon$-$N$論法によって厳密に定義される,解析学において非常に重要な概念です.
この記事では,数列の極限の厳密な定義である$\varepsilon$-$N$論法について徹底的に詳しく,丁寧に解説していく.多くの理系大学生が躓くことで有名な$\varepsilon$-$N$論法だが,この記事で終止符を打つ.
関数の極限の厳密な定義である$\varepsilon$-$\delta$論法については次の記事で徹底解説している.
数列の定義
数列の極限について考える前に,数列とは何かについて考えるところから始めることにしよう.
高校数学では,次のように数列が「説明」されていた.
数を一列に並べたものを数列といい,数列をつくっている各数を数列の項1という.数列の項は,最初の項から順に第1項,第2項,第3項,・・・・・・といい,$n$番目の項を第$n$項という.特に,第1項を初項ともいう.
項の個数が有限である数列を有限数列2といい,項がどこまでも限りなく続く数列を無限数列3という.有限数列においては,項の個数を項数4,最後の項を末項5という.
数列を一般的に表すには,1つの文字に項の番号を添えて,
\[ a_1,a_2,a_3,\dots \dots ,a_n,\dots \dots \]
のように書く.また,この数列を,$\{ a_n\}$と略記することがある.
数列$\{ a_n\}$の第$n$項$a_n$が$n$の式で表されるとき,これを数列$\{ a_n\}$の一般項6という.一般項が与えられると,$n$に$1,2,3,\dots \dots$を代入することにより,その数列の各項を求めることができる.
出典:数学B;数B710, 数研出版, 2022
より正確には,数列は次のように定義される.
上の定義と同様に,$\mathbb{N}$から$\mathbb{N}$への写像を自然数列,$\mathbb{N}$から$\mathbb{Z}$への写像を整数列,$\mathbb{N}$から$\mathbb{Q}$への写像を有理数列,$\mathbb{N}$から$\mathbb{C}$への写像を複素数列という.
以下,この記事では実数列(すなわち高校数学で言う,各項が実数の無限数列)のことを単に数列(sequence, numerical sequence, sequence of numbers)と呼ぶことにする.
また,数列の表記には$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty},\{ a_n\},\{ a_n\}_{n\in \mathbb{N}}$など様々なものがあるが,当サイトでは主に$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$を用いることとする.
一般に,数列の極限を考えるときは,有限数列を考えないことが多い.この記事では,主に実数列を考え,無限数列であるものとする.
数列の極限の定義
いよいよ数列の極限について考える.まずは,高校数学での数列の極限の「説明」を振り返ろう.
項がどこまでも限りなく続く数列$a_1,a_2,a_3,\dots \dots, a_n,\dots \dots$を無限数列といい,記号$\{ a_n\}$で表す.
数列$\{ a_n\}$において,$n$を限りなく大きくするとき,$a_n$が一定の値$\alpha$に限りなく近づくならば,
\[ \displaystyle \lim_{n\to \infty}a_n=\alpha \quad または\quad n\to \infty のときa_n\to \alpha \]
と書き,この値$\alpha$を数列$\{ a_n\}$の極限値という.また,このとき,数列$\{ a_n\}$は$\alpha$に収束するといい,$\{ a_n\}$の極限は$\alpha$であるともいう.
記号$\infty$は「無限大」と読む.$\infty$は,値すなわち数を表すものではない.
数列$\{ a_n\}$が収束しないとき,$\{ a_n\}$は発散するという.
$n$を限りなく大きくすると,$a_n$が限りなく大きくなる場合,$\{ a_n\}$は正の無限大に発散する,または$\{ a_n\}$の極限は正の無限大であるといい,次のように書き表す.
\[ \lim_{n\to \infty}a_n=\infty \quad または\quad n\to \infty のときa_n\to \infty \]
$n$を限りなく大きくすると,$a_n$が負で,その絶対値が限りなく大きくなる場合,$\{ a_n\}$は負の無限大に発散する,または$\{ a_n\}$の極限は負の無限大であるといい,次のように書き表す.
\[ \lim_{n\to \infty}a_n=-\infty \quad または\quad n\to \infty のときa_n\to -\infty \]
$-\infty$と区別する意味で,$\infty$を$+\infty$と書くことがある.
発散する数列が,正の無限大にも負の無限大にも発散しない場合,その数列は振動するという.
出典:数学Ⅲ;数Ⅲ708, 数研出版, 2023
一般に,数列の極限を考えるときは,実数の無限列の第$n$項について,$n$を限りなく大きくしたときにどのような値に限りなく近づくかを考える.高校数学における数列の極限の定義では,「$n$を限りなく大きくする」,「$a_n$が一定の値$\alpha$に限りなく近づく」といった表現が非常に曖昧で,厳密な定義とは呼べない.というのも,「$n$が限りなく大きい」という基準が不明確であり,限りなく大きいと感じるかどうかは人それぞれである.同様に,「$a_n$が一定の値$\alpha$に限りなく近い」という表現も人によって感じ方が異なる.
この不明瞭さを解決し,数列の極限を厳密に定義するのが$\varepsilon$-$N$論法である.
まずは定義を述べ,詳細な解説は後述することにする.
数列$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}$が収束することを論理式を用いて表すと,次のようになる.
\[ \exists \alpha \in \mathbb{R},\forall \varepsilon >0,\exists N\in \mathbb{N},\forall n\in \mathbb{N},n\ge N\implies |a_n-\alpha |<\varepsilon \]
そして,数列$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}$が発散する(収束しない)ことを論理式を用いて表すと,次のようになる.
\[ \forall \alpha \in \mathbb{R},\exists \varepsilon >0,\forall N\in \mathbb{N},\exists n\in \mathbb{N}[n\ge N\land |a_n-\alpha |\ge \varepsilon ]\]
ところで,数列の発散はさらに3種類に大別できる.それぞれを厳密に定義すると,次のようになる.
$+\infty$は単に$\infty$と表記してもよい.この記事では正の無限大に発散することと負の無限大に発散することを明確に区別するため,正の無限大に発散することを$+\infty$で表すことにする.
数列$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}$が正の無限大に発散することを論理式を用いて表すと,次のようになる.
\[ \forall M\in \mathbb{R},\exists N\in \mathbb{N},\forall n\in \mathbb{N},n\ge N\implies a_n>M\]
数列$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}$が負の無限大に発散することを論理式を用いて表すと,次のようになる.
\[ \forall M\in \mathbb{R},\exists N\in \mathbb{N},\forall n\in \mathbb{N},n\ge N\implies a_n<M\]
数列の振動は,収束せず,正の無限大にも負の無限大にも発散しないことと認識しておくとよいだろう.
数列の極限を定義する意義
高校数学の説明で言えば,数列${ a_n}_{n=1}^{\infty}$が$\alpha$に収束するというのは,$n$を限りなく大きくしたときに,$a_n$が限りなく$\alpha$に近づくということを指すのであった.ここで注意が必要なのは,十分大きい$n$に対して,$a_n=\alpha$になるとは限らないということである.
例えば,$\left\{ \dfrac{1}{n}\right\} _{n=1}^{\infty}$という数列を考えよう.この数列は$0$に収束する(厳密な証明は後述する)が,決して$0$という項が出てくるわけではない.実際,任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$\dfrac{1}{n}>0$となる.しかし,$n$を限りなく大きくすると,$\dfrac{1}{n}$が$0$に限りなく近づくということは事実である.
この数列の極限の考え方は,数学はもちろん,物理学や工学,経済学など,その応用先は多岐にわたる.ここに,数列の極限を定義する意義がある.
まず,離散的な世界として数列の極限を土台とすることで,連続的な世界として関数の極限を考えることができる.それを基に,微分や積分といった,なくてはならない非常に重要な解析を行うことができるようになる.
そして,こうして確立された微分積分は,速度や加速度のような物理量を扱う上で欠かせないツールとなり,無限小を扱うための有効な手段となる.
また,数列の極限を利用することで,利子率の計算などを可能にし,金融や保険数理と行った分野に応用され,複雑な計算を機械的に計算するアルゴリズムとして,コンピュータを用いた数値計算にも活用されている.
数列の極限は,「無限」を数学的に扱うための非常に重要な手段の1つであると言えるのだ.
数列の極限のイメージ
ここでは,$\displaystyle \lim_{n\to \infty}a_n=\alpha$を高校数学の考え方で理解するところから始めて,$\varepsilon$-$N$論法の本質を理解することにしよう.
さて,高校数学では,$\displaystyle \lim_{n\to \infty}a_n=\alpha$という式は,「数列$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$において,$n$を限りなく大きくするとき,$a_n$が一定の値$\alpha$に限りなく近づく」として解釈されるのであった.この説明の問題点は,「限りなく大きい」や「限りなく近づく」といった表現が曖昧であること,すなわち「大きい」や「近い」といった表現の基準が不明確なことであった.そこで,これを厳密にするために,基準として設けられたのが$N$と$\varepsilon$である.
まず,「$n$が限りなく大きい」ことを厳密に表現するために,$N\in \mathbb{N}$を用いて$n\ge N$と表すことにする.しかしこれでは,「$n$が$N$以上である」ということを表しているに過ぎない.そこで,$N$は任意の正の整数を表しているものと考えることにする.すると,$n$は任意の正の整数$N$よりも大きい正の整数を表す,すなわち「限りなく大きい正の整数」を表していると考えることができる.
次に,「$a_n$が$\alpha$に限りなく近い」ことを厳密に表現してみよう.まず,単に「$a_n$が$\alpha$に近い」とは,どういう意味だろうか.これは,$a_n$と$\alpha$がほとんど同じ値である,すなわち数直線上で,$a_n$を表す点と$\alpha$を表す点の距離が近いということである.数直線上で,2つの実数を表す点の距離は,差の絶対値で表すことができる.すなわち,$a_n$と$\alpha$の距離は$|a_n-\alpha |$で表すことができる.
そして,「$a_n$が$\alpha$に限りなく近い」,つまり「$a_n$と$\alpha$の距離が限りなく小さい」ことを厳密に表現するために,$\varepsilon >0$を用いて$|a_n-\alpha |<\varepsilon$と表すことにする.ここで,$\varepsilon >0$としたのは,絶対値が$0$以上の数を表すためである.また,$\varepsilon =0$のとき,$a_n$と$\alpha$は一致してしまうが,数列の極限では,$a_n$が$\alpha$に一致しない場合も考えるため,$\varepsilon >0$としている.しかし,$|a_n-\alpha |<\varepsilon$という式は,「$a_n$と$\alpha$の距離が$\varepsilon$より小さい」ということを表しているに過ぎない.そこで,$\varepsilon$は任意の正の実数を表しているものと考えることにする.すると,$a_n$と$\alpha$の距離は任意の正の実数$\varepsilon$よりも小さい,すなわち「$a_n$と$\alpha$は限りなく近い」ということを表していると考えることができる.
上の図は,$\varepsilon$-$N$論法のイメージである.$n$が$N$以上のとき,$a_n$(赤点)と$\alpha$の距離は$\varepsilon$以下になっている.「どんな$\varepsilon >0$をとってきても,$N$を十分大きくとれば,$N$以上の$n$(緑の領域内にある$n$)に対して,$a_n$が青の領域内に入る」.これが$\varepsilon$-$N$論法の本質であり,$\displaystyle \lim_{n\to \infty}a_n=\alpha$の定義である.
ここで重要なのは,$N$をどう定めるかということである.$\varepsilon$-$N$論法では,数列の極限を証明するために,$N$を適切に選ぶ必要がある.このとき,$N$は$varepsilon$に依存するものと考えるとよい.後の具体例にもあるように,$N$を$\varepsilon$によって定めることにより,任意の$\varepsilon$に対して,目的の不等式を示すことができるのだ.
さらに,数列$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$が正の無限大に発散することの厳密な定義についても考えてみよう.高校数学では,「$n$を限りなく大きくするとき,$a_n$が限りなく大きくなる」として解釈されるのであった.「限りなく大きい」ことは,先程と同様に,任意の実数よりも大きくなることだと考えれば,$n$に対する基準$N$,$a_n$に対する基準$M$を設けることで,厳密な定義が可能になる.
数列の極限の例
$\varepsilon$-$N$論法はたくさんの問題を解いて慣れることが最も重要である.基本的な問題や,有名問題は何も見ずに論証できるようにしておこう.
$\dfrac{1}{n}$の極限
まずは高校数学の考え方で問題を解いてみると,$0$に収束するはずである.すなわち
\[ \lim_{n\to \infty}\frac{1}{n}=0\]
が成り立つはずである.あとは,これを定義に従って厳密に証明すればよい.つまり,証明すべきことは次の通り.
任意の$\varepsilon >0$に対し,ある$N\in \mathbb{N}$が存在し,$n\ge N$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対して,$\left| \dfrac{1}{n}-0\right| <\varepsilon$となる.
目標は$\left| \dfrac{1}{n}-0\right|$を$\varepsilon$で上から抑えることである.既に与えられた条件$n\ge N$を利用すると
\[ \left| \frac{1}{n}-0\right| =\frac{1}{n}\le \frac{1}{N}\]
であるから,$\dfrac{1}{N}<\varepsilon$,すなわち$N>\dfrac{1}{\varepsilon}$となるように$N\in \mathbb{N}$を取ればよいことが分かる.
ところが次のような問題が発生する.任意の$\varepsilon >0$に対し,$N>\dfrac{1}{\varepsilon}$となるような$N\in \mathbb{N}$をとれるのだろうか.
不等式を変形すると,任意の$\varepsilon >0$に対し,$N\varepsilon >1$となる$N\in \mathbb{N}$が存在するかどうかという問題になる.実は,これについては次のアルキメデスの原理(Archimedean property)により解決することができる.
アルキメデスの原理は様々な表現で書かれることがあるが,実数の性質として認めている連続の公理を用いることで証明することができる.アルキメデスの原理についての詳細は次の記事に任せることにし,本題に戻ることにしよう.
さて,上のアルキメデスの原理で,$a$を$\varepsilon$に,$b$を$1$に,$n$を$N$にすることにより,$N\varepsilon >1$なる$N\in \mathbb{N}$が存在することが分かる.すなわち,任意の$\varepsilon >0$に対し,$N>\dfrac{1}{\varepsilon}$となるような$N\in \mathbb{N}$をとることができるのである.
これで準備は整った.
$n$の極限
まずは高校数学の考え方で問題を解いてみると,正の無限大に発散するはずである.すなわち
\[ \lim_{n\to \infty}n=+\infty \]
が成り立つはずである.あとは,これを定義に従って厳密に証明すればよい.発散は収束の否定であるから,証明すべきことは次の通り.
任意の$M\in \mathbb{R}$に対し,ある$N\in \mathbb{N}$が存在し,$n\ge N$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対して,$n>M$となる.
$M>0$の場合は,上のアルキメデスの原理で,$a$を$1$に,$b$を$M$にしたものに他ならない.
$M\le 0$の場合は,例えば$n=1$とすると,$1>0\ge M$となり不等式が成り立つ.よって,この極限が発散することが示せそうである.
これで準備は整った.
チェザロ平均
ここからは,極限の証明に工夫が必要な有名例を紹介する.まずは,チェザロ平均の極限について考えよう.
つまり,チェザロ平均は数列の最初の有限個の項の平均値である.そして,このチェザロ平均に関して,次の命題が成り立つ.
証明は一筋縄ではいかない.もちろん,$\varepsilon$-$N$論法を用いて示すことになるのだが,その不等式評価で工夫をする必要がある.一般に,数列の極限や関数の極限を示すうえで最も重要なのは,この不等式評価である.
そんなときに非常に役に立つのが,三角不等式(triangle inequality)である.
さて,与えられた条件は$\displaystyle \lim _{n\to \infty}a_n=\alpha$であるが,これを定義に従って書き直すと,
任意の$\varepsilon >0$に対し,ある$N\in \mathbb{N}$が存在し,$n\ge N$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$|a_n-\alpha |<\varepsilon$となる.
そして,示したいことは次の通り.
任意の$\varepsilon >0$に対し,ある$N’\in \mathbb{N}$が存在し,$n\ge N’$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$\displaystyle \left| \frac{1}{n}\sum _{k=1}^na_k-\alpha \right| <\varepsilon$となる.
上の2つにおいて,「任意」の数$\varepsilon ,n$は共通しているが,「存在」する数は$N,N’$と区別していることに注意が必要である.「任意」の数はありとあらゆる数をとりうるので共通して使っても問題ないが,「存在」する数はある1つの数を表しており,何に対して存在しているのかによって値が変わるため,区別する必要がある.
さて,本題に戻ろう.示したい不等式は次のようなものであった.
\[ \left| \frac{1}{n}\sum _{k=1}^na_k-\alpha \right| <\varepsilon \]
ここで,与えられた条件をうまく使いたい.$n\ge N$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$|a_n-\alpha |<\varepsilon$となるから,$|a_n-\alpha |$の形を作ってみよう.
まず,$\alpha$を$\sum$の中に入れて$a_n-\alpha$の形を作る.
\[ \left| \frac{1}{n}\sum _{k=1}^na_k-\alpha \right| =\left| \frac{1}{n}\sum_{k=1}^na_k-\frac{1}{n}\sum_{k=1}^n\alpha \right| =\left| \frac{1}{n}\sum_{k=1}^n(a_n-\alpha )\right| \]
そして,絶対値を$\sum$の中に入れるために,和の絶対値を絶対値の和で上から抑える三角不等式を使う.
\[ \left| \frac{1}{n}\sum_{k=1}^n(a_n-\alpha )\right| \le \frac{1}{n}\sum_{k=1}^n|a_n-\alpha |\]
これで目的の形を作ることができた.
ここで$|a_n-\alpha |<\varepsilon$を使いたいのだが,この不等式は$n\ge N$のときにのみ成り立つことが保証されていることに注意しよう.まずは$\sum$を$n<N$のときと$n\ge N$のときで場合分けするところから始めよう.
\[ \frac{1}{n}\sum_{k=1}^n|a_n-\alpha |=\frac{1}{n}\left( \sum_{k=1}^{N-1}|a_n-\alpha |+\sum_{k=N}^n|a_n-\alpha |\right) <\frac{1}{n}\left( \sum_{k=1}^{N-1}|a_n-\alpha |+\sum_{k=N}^n\varepsilon \right) =\frac{1}{n}\left( \sum_{k=1}^{N-1}|a_n-\alpha |+(n-N+1)\varepsilon \right) \]
これで$n\ge N$のときの評価は完了した.
次に,$n<N$の場合はどうだろうか.このような$n$は$1,2,\dots ,N-1$の有限個しか存在しない.よって,$|a_1-\alpha |,|a_2-\alpha |,\dots ,|a_{N-1}-\alpha |$の中で最も大きいもの,すなわち$\max \{ |a_1-\alpha |,|a_2-\alpha |,\dots ,|a_{N-1}-\alpha |\}$で,$n<N$のときの$|a_n-\alpha |$を上から抑えることができる.
よって,$M=\max \{ |a_1-\alpha |,|a_2-\alpha |,\dots ,|a_{N-1}-\alpha |\}$とおくと
\[ \frac{1}{n}\left( \sum_{k=1}^{N-1}|a_n-\alpha |+(n-N+1)\varepsilon \right) \le \frac{1}{n}\left( \sum_{k=1}^{N-1}M+(n-N+1)\varepsilon \right) =\frac{1}{n}((N-1)M+(n-N+1)\varepsilon )\]
最後に,$n$を消去してすべてを$\varepsilon$で上から抑えよう.このときに利用するのが,$1\le N\le n$である.
\[ \frac{1}{n}((N-1)M+(n-N+1)\varepsilon )=\frac{N-1}{n}M+\frac{n-N+1}{n}\varepsilon \le \frac{N-1}{n}M+\frac{n-1+1}{n}\varepsilon <M+\varepsilon \]
しかし,これではうまくいかない.$\varepsilon$-$N$論法では,数列の各項から極限値を引いた絶対値が,任意の正の実数で上から抑えられるということを示す必要がある.しかし,$M$は定数であるから,$M+\varepsilon$が任意の正の実数を表すことができているとは限らない(例えば$M=1$ならば$1$より大きい実数しか表すことができていない).つまり,この不等式評価ではまずい.
では,どうすればよいだろうか.理想を言えば,$\dfrac{N-1}{n}M$が$\varepsilon$で上から抑えられてほしい.$M,N$が定数であることに注意すると,これはアルキメデスの原理で解決できる.上のアルキメデスの原理で,$a$を$\varepsilon$に,$b$を$M(N-1)$にすると,$N_0\varepsilon >M(N-1)$なる$N_0\in \mathbb{N}$が存在する.よって,$n\ge N_0$ならば,$\dfrac{N-1}{n}M<\varepsilon$となる.ここで,$n\ge N$であることに注意すると,$n$は$N$よりも大きく,$N_0$よりも大きい,すなわち$n>\max \{ N,N_0\}$である.
このとき
\[ \frac{N-1}{n}M+\varepsilon <\varepsilon +\varepsilon =2\varepsilon \]
であるから,結局
\[ \left| \frac{1}{n}\sum _{k=1}^na_k-\alpha \right| <2\varepsilon \]
という不等式が得られた.目標としていた不等式とは少し違うが,左辺が任意の正の実数を表す$2\varepsilon$で抑えられるため,上の不等式が示せただけで十分である.
数列の極限を$\varepsilon$-$N$論法で示す場合,数列の項から極限値を引いた絶対値を,任意の正の実数で上から抑えることが目標になる.$\varepsilon >0$のとき,この絶対値を$\varepsilon$の定数倍で抑えてもよいのだが,なるべく$\varepsilon$で抑えるようにするとよい.というのも,$\varepsilon$の定数倍で抑えるとき,その定数が文字式である場合,誤って変数倍で抑えてしまう恐れがある.これを避けるためにも,なるべく$\varepsilon$で抑えるようにしよう.
今回,$\displaystyle \left| \frac{1}{n}\sum _{k=1}^na_k-\alpha \right| $を$2\varepsilon$で抑えた.これを$\varepsilon$で抑えるためには,与えられた条件を$|a_n-\alpha |<\dfrac{\varepsilon}{2}$の形で表し,最後のアルキメデスの原理による評価を$\dfrac{N-1}{n}M<\dfrac{\varepsilon}{2}$に変えればよい.
これで準備は整った.
$\sqrt[n]{n}$の極限
まずは簡単に予想してみよう.$\sqrt[n]{n}=n^{\frac{1}{n}}$であるから,底と指数の両方に$n$が入っていて少々複雑である.こういう場合は対数をとるとよい.
\[ \log a_n=\log \sqrt[n]{n}=\log n^{\frac{1}{n}}=\frac{\log n}{n}\]
ここで,$n$は$\log n$よりも「強い」関数であるから
\[ \frac{\log n}{n}\xrightarrow{n\to \infty}0\]
となる.特に,$\log a_n\xrightarrow{n\to \infty}0$ならば,$a_n\xrightarrow{n\to \infty}1$であると予想できる.
これを踏まえて,$\sqrt[n]{n}$が$1$に収束することを示したい.証明すべきことは次の通り.
任意の$\varepsilon >0$に対し,ある$N\in \mathbb{N}$が存在し,$n\ge N$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$|\sqrt[n]{n}-1|<\varepsilon$となる.
さて,ここからが本題である.どのように$N$をとり,不等式を示せばよいだろうか.
まず,任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$\sqrt[n]{n}\ge 1$である.実際,$n\ge 1$であるから,両辺の$n$乗根をとると$\sqrt[n]{n}\ge 1$である7.よって,$\sqrt[n]{n}-1\ge 0$であるから,示したい不等式は$\sqrt[n]{n}-1<\varepsilon$,すなわち$\sqrt[n]{n}<1+\varepsilon$と変形できる.
$n$乗根は扱いづらいため,両辺を$n$乗すると$n<(1+\varepsilon )^n$であるから,これを示そう.
ところで,$(1+\varepsilon )^n$のような和の$n$乗は,二項定理を用いて下から抑えることが多い.例えば
\[ (1+\varepsilon )^n=\sum_{r=0}^n\binom{n}{r}\varepsilon ^r\ge \sum_{r=0}^1\binom{n}{r}\varepsilon ^r=1+n\varepsilon \]
であるから,$1+n\varepsilon >n$であれば,$n<(1+\varepsilon )^n$が示せたことになる.
しかし,この不等式は$n<\dfrac{1}{1-\varepsilon}$のときしか成り立たない.$\varepsilon$が任意の正の実数を表していることを考えると,$\varepsilon >1$のとき,不等式を満たす$n$は存在しないことになる.そこで,もう少し厳しい評価を用いることにしてみよう.
\[ (1+\varepsilon )^n=\sum_{r=0}^n\binom{n}{r}\varepsilon ^r\ge \sum_{r=0}^2\binom{n}{r}\varepsilon ^r=1+n\varepsilon +\frac{n(n-1)}{2}\varepsilon ^2\]
上の不等式を用いると,$1+n\varepsilon +\dfrac{n(n-1)}{2}\varepsilon ^2>n$であれば,$n<(1+\varepsilon )^n$が示せたことになる.このような不等式を満たす$n$を考えるのは少し面倒であるため,二項定理による不等式評価を少し工夫しよう.
\[ (1+\varepsilon )^n\ge 1+n\varepsilon +\frac{n(n-1)}{2}\varepsilon ^2>1+\frac{n(n-1)}{2}\varepsilon ^2\]
この不等式評価を用いると,$1+\dfrac{n(n-1)}{2}\varepsilon ^2>n$を示せばよいことが分かる.この不等式を整理すると
\[ \varepsilon ^2n^2-(\varepsilon ^2+2)n+2>0\]
すなわち
\[ (n-1)(\varepsilon ^2n-2)>0\]
$n\ge 1$であるから,$n>1$かつ$n>\dfrac{2}{\varepsilon ^2}$のとき,この不等式は成り立つ.よって,$N>\dfrac{2}{\varepsilon ^2}$なる$N\in \mathbb{N}$をとると,$n\ge N$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,上の不等式が成り立ち,$\varepsilon$-$N$論法が適用できる.一方で,$n=1$のとき,$1<(1+\varepsilon )^1$は明らかに成り立つため,これですべての$n$について,目標の不等式が示されたことになる.
これで準備は整った.
関連内容
ここからは,数列の極限に関する重要な性質を紹介する.それぞれの性質に対して,個別に解説記事があるため,証明等の詳しい内容はその記事を参照するとよい.
数列の極限の一意性
数列が収束するとき,その収束先が複数存在することはない.当たり前に感じるかもしれないが,ここではその厳密な証明を与えることにしよう.
数列$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$が$\alpha ,\beta \in \mathbb{R}$に収束するとき,ある$N_1,N_2\in \mathbb{N}$が存在し,
$n\ge N_1$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し
\[ |a_n-\alpha |<\varepsilon \]
$n\ge N_2$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し
\[ |a_n-\beta |<\varepsilon \]
となる.ここで,$N=\max \{ N_1,N_2\}$とおくと,$n\ge N$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,
\[ 0\le |\alpha -\beta |=|-(a_n-\alpha )+(a_n-\beta )|\le |a_n-\alpha |+|a_n-\beta |<\varepsilon +\varepsilon =2\varepsilon \]
が任意の$\varepsilon >0$について成り立つ.$d=|\alpha -\beta |$とおくと,$d\ge 0$である.
$\alpha \neq \beta$すなわち$d\neq 0$のとき,例えば$\varepsilon =\dfrac{d}{3}$とおくと,$d<\dfrac{2}{3}d$より$1<\dfrac{2}{3}$となり矛盾.よって,$\alpha =\beta$である.$\blacksquare$
数列の収束と有界
まずは,数列の項全体からなる集合を考えよう.
数列の収束性と数列の有界性について,次のような関係性がある.
数列$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$が$\alpha \in \mathbb{R}$に収束するとき,
任意の$\varepsilon >0$に対し,ある$N\in \mathbb{N}$が存在し,$n\ge N$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対して
\[ |a_n-\alpha |<\varepsilon \]
が成り立つ.
三角不等式より
\[ |a_n|=|a_n-\alpha |+|\alpha |<|\alpha |+\varepsilon \]
となるから
\[ M=\max \{ a_1,a_2,\dots ,a_{N-1},\alpha +\varepsilon \} \]
とおくと,任意の$n\in \mathbb{N}$に対して
\[ |a_n|\le M\]
となる.よって,$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$は有界である.$\blacksquare$
ここで,次のような数列を考えよう.
上で定義された用語に含まれるすべての「単調」は,より厳密には「広義単調」の「広義」を省略したものである.一方,任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$a_n{\color{red}{<}}a_{n+1}$となるとき,$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$は狭義単調増加であるといい,数列$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$を狭義単調増加数列(または狭義単調増加列)という.
また,任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$a_n{\color{red}{>}}a_{n+1}$となるとき,$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$は狭義単調減少であるといい,数列$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$を狭義単調減少数列(または狭義単調減少列)という.
場合によっては「狭義単調」の「狭義(strictly)」を省略し,「単調」とすることもあるが,これは文脈で判断することになることが多い.当サイトでは,混乱を防ぐため,できる限り断りを入れるようにしている.
特に,$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$が上に有界な単調増加数列であるとき,次の等式が成り立つ.
\[ \lim_{n\to \infty}a_n=\sup \{ a_n\mid n\in \mathbb{N}\} \]
実数の連続性と数列の極限
$\{ n\}_{n=1}^{\infty}$の極限を考える時に登場したアルキメデスの原理は,実数の連続性を認めることで,数列の極限を用いて示すことができる.特に,アルキメデスの原理は数列の極限の形で同値変形できる.
また,$\mathbb{R}$上の区間を考えることにより,次の重要な定理を得る.
部分列の極限
数列の一部を抜き出したものも数列と考えることができる.
このとき,次の命題が成り立つ.
そして,次の重要な定理が成り立つ.
コーシー列
まずは用語を定義しよう.
実は,数列が収束することと,コーシー列であることは同値である.
数列の極限と四則演算
上の定理は高校数学では成り立つものとして認めていたが,$\varepsilon$-$N$論法を用いることで厳密な証明を与えることができる.
数列の極限と不等式
上の定理も高校数学では成り立つものとして認めていた.特に,はさみうちの原理は受験数学において頻出で,どのような不等式を用いるかが最大のポイントであった.このはさみうちの原理についても,$\varepsilon$-$N$論法により証明することができる.
参考文献
この記事を含め,「微分積分学」のカテゴリーに属する記事は,以下の書籍・PDFファイル・Webサイトを参考文献としています(それぞれの記事について,以下に掲載していない参考文献がある場合は,逐一掲載しています).
書籍
- 杉浦光夫, 『解析入門I』, 基礎数学2, 東京大学出版会, 1980年.
- 杉浦光夫, 『解析入門II』, 基礎数学3, 東京大学出版会, 1985年.
- 杉浦光夫, 清水英男, 金子晃, 岡本和夫, 『解析演習』, 基礎数学7, 東京大学出版会, 1989年.
- 高木貞治, 『定本 解析概論』, 岩波書店, 2010年.
- 松坂和夫, 『解析入門 上』, 松坂和夫 数学入門シリーズ, 新装版, 岩波書店, 2018年.
- 松坂和夫, 『解析入門 中』, 松坂和夫 数学入門シリーズ, 新装版, 岩波書店, 2018年.
- 松坂和夫, 『解析入門 下』, 松坂和夫 数学入門シリーズ, 新装版, 岩波書店, 2018年.
- 藤岡敦, 『手を動かしてまなぶ ε-δ論法』, 裳華房, 2021年.
- 藤岡敦, 『手を動かしてまなぶ 微分積分』, 裳華房, 2019年.
- 志賀浩二, 『微分・積分30講』, 数学30講シリーズ1, 朝倉書店, 1988年.
- 齋藤正彦, 『齋藤正彦 微分積分学』, 東京図書, 2006年.
- 加藤文元, 『大学教養 微分積分』, 数研講座シリーズ, 数研出版, 2019年.
- 『大学教養 微分積分』, 加藤文元(監修), 数研出版編集部(編著), チャート式シリーズ, 数研出版, 2019年.
- 小寺平治, 『明解演習 微分積分』, 明解演習シリーズ2, 共立出版, 1984年.
補足
10は2024年9月20日に新装改版が発売される予定です.
志賀浩二, 『微分・積分30講』, 数学30講シリーズ1, 新装改版, 朝倉書店, 2024年.
PDFファイル
- 石本健太, 「講義ノート『微分積分学』」, 2020年, https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~ishimoto/files/note_calculus.pdf.
- 黒田紘敏, 「微分積分学入門」, 2024年, https://www7b.biglobe.ne.jp/~h-kuroda/pdf/text_calculus.pdf.
- 吉田伸生, 「微分積分学」, 2007年, https://ocw.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2021/04/2010_bibunsekibungakuA.pdf.
- 西谷達雄, 「解析学」, http://www4.math.sci.osaka-u.ac.jp/~nishitani/calculus.pdf.
- 松澤寛, 「解析学の基礎(実数の連続性から定積分の存在まで)」, https://www.sci.kanagawa-u.ac.jp/math-phys/hmatsu/BasicAnalysis.pdf.
- 川端茂徳, 「解析学入門」, 2002年, https://www.fit.ac.jp/elec/7_online/calculus.pdf.
- 中西敏浩, 「およそ100ページで学ぶ微分積分学」, 2021年, https://www.math.shimane-u.ac.jp/~tosihiro/basiccalculus.pdf.
Webサイト
- Mathpedia, https://math.jp(旧版:https://old.math.jp).
- 数学の景色, https://mathlandscape.com.
- 高校数学の美しい物語, https://manabitimes.jp/math.
- KIT数学ナビゲーション, https://w3e.kanazawa-it.ac.jp/math.
- Wikipedia, https://ja.wikipedia.org(英語版:https://en.wikipedia.org).
- Wolfram MathWorld, https://mathworld.wolfram.com.
- Mathlog, https://mathlog.info.
- “topics on calculus”, PlanetMath, https://planetmath.org/TopicsOnCalculus.