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実数の四則演算

実数とは,ある17個の性質が成り立つ数の集合のことである.ここでは,そのうち四則演算に関わる10個の性質について詳しく扱う.


実数の公理

日本の数学教育においては,算数で正の整数や$0$,正の有理数,円周率を教わり,中学数学で負の整数や負の有理数,無理数(特に平方根)を教わり,高校数学で「実数」という用語が登場し,平方根以外の無理数(特に三角関数や対数,ネイピア数)を教わる.さらに,高校数学では複素数についても教わる.

そんな数の集合を厳密に定義するのは容易なことではない.実際にはペアノの公理によって自然数を構成するところから始める必要がある.しかし,これは数学基礎論や集合論で論じられることである.この記事では(実数の厳密な定義について少しだけ述べるものの),解析学の観点から実数について解説する.そのため,実数の存在を認めるところから議論を始めることとする.

さて,解析学の立場では,実数全体の集合$\mathbb{R}$を,いくつかの性質を満たすものとして,その存在を認めることが多い.この記事では,以下の公理1を「実数の公理」と呼ぶことにする.

公理1(実数の公理)

次の17個の性質をすべて満たす集合$\mathbb{R}$の元を実数(real number)という.

  1. $\forall x,y\in \mathbb{R},x+y=y+x$
  2. $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(x+y)+z=x+(y+z)$
  3. $\exists 0\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x+0=0+x=x$
  4. $\forall x\in \mathbb{R},\exists -x\in \mathbb{R},x+(-x)=0$
  5. $\forall x,y\in \mathbb{R},xy=yx$
  6. $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(xy)z=x(yz)$
  7. $\exists 1\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x1=1x=x$
  8. $\forall x\in \mathbb{R}\backslash \{ 0\} ,\exists x^{-1}\in \mathbb{R},xx^{-1}=1$
  9. $\forall x,y,z\in \mathbb{R},x(y+z)=xy+xz$
  10. $0\neq 1$
  11. $\forall x\in \mathbb{R},x\le x$
  12. $\forall x,y\in \mathbb{R}[[x\le y\land y\le x]\implies x=y]$
  13. $\forall x,y,z\in \mathbb{R}[[x\le y\land y\le z]\implies x\le z]$
  14. $\forall x,y\in \mathbb{R}[x\le y\lor y\le x]$
  15. $\forall x,y,z\in \mathbb{R}[x\le y\implies x+z\le y+z]$
  16. $\forall x,y\in \mathbb{R}[[0\le x\land 0\le y]\implies 0\le xy]$
  17. $\forall X\subset \mathbb{R}[[X\neq \emptyset \land [\exists M\in \mathbb{R},\forall x\in X,x\le M]]\implies \exists \alpha \in \mathbb{R}[[\forall x\in X,x\le \alpha ]\land [\forall \varepsilon \in \mathbb{R}[[\varepsilon \neq 0\land 0\le \varepsilon ]\implies [\exists x\in X[\alpha -\varepsilon \neq x\land \alpha -\varepsilon \le x]]]]]]$

公理1は論理記号のみを用いて書かれているため,非常に分かりづらい.これらを論理記号を用いずに日本語で記述すると,次のようになる.

公理2(実数の公理)
  1. 任意の実数$x,y$に対し,$x+y=y+x$
  2. 任意の実数$x,y,z$に対し,$(x+y)+z=x+(y+z)$
  3. 任意の実数$x$に対し,$x+0=0$となる実数$0$が存在する.
  4. 任意の実数$x$に対し,$x+(-x)=0$となる実数$-x$が存在する.
  5. 任意の実数$x,y$に対し,$xy=yx$
  6. 任意の実数$x,y,z$に対し,$(xy)z=x(yz)$
  7. 任意の実数$x$に対し,$x1=x$となる実数$1$が存在する.
  8. 任意の$0$でない実数$x$に対し,$xx^{-1}=1$となる実数$x^{-1}$が存在する.
  9. 任意の実数$x,y,z$に対し,$x(y+z)=xy+xz$
  10. $0$と$1$は異なる.
  11. 任意の実数$x$に対し,$x\le x$
  12. 任意の実数$x,y$に対し,($x\le y$かつ$y\le x$)ならば$x=y$
  13. 任意の実数$x,y,z$に対し,($x\le y$かつ$y\le z$)ならば$x\le z$
  14. 任意の実数$x,y$に対し,$x\le y$と$y\le x$の少なくとも一方が成り立つ.
  15. 任意の実数$x,y,z$に対し,$x\le y$ならば$x+z\le y+z$
  16. 任意の実数$x,y$に対し,($0\le x$かつ$0\le y$)ならば$0\le xy$
  17. 任意の空でない上に有界な集合$X\subset \mathbb{R}$に対し,$X$の上限が存在する.

$\mathbb{R}$上の演算

$\mathbb{R}$上には,2つの演算が定義されている.そもそも演算とは,次のように定義される概念である.

定義1

集合$X$に対し,写像$\phi :X\times X\to X$が定められているとき,$\phi$を$X$上の演算という.

つまり,演算は写像の一種なのである.$\mathbb{R}$上の2つの演算は次のように定められる.

定義2

写像$\phi :\mathbb{R}\times \mathbb{R}\to \mathbb{R}$を加法(addition,summation)(または足し算加算)という.
任意の$x,y\in \mathbb{R}$に対し,$\phi (x,y)$を$x$と$y$の(sum)といい,$x+y$で表す.

写像$\psi :\mathbb{R}\times \mathbb{R}\to \mathbb{R}$を乗法(multiplication)(または掛け算乗算)という.
任意の$x,y\in \mathbb{R}$に対し,$\psi (x,y)$を$x$と$y$の(product)といい,$x\times y$(または$x\cdot y$,$xy$)で表す.

具体的に写像$\phi ,\psi$をどのように定義するのか,すなわち加法と乗法はどのように計算するかなど,厳密な定義については以下の記事に委ねることにし,ここでは$\mathbb{R}$上の演算として加法と乗法が存在しているということを認めることとする.

加法の性質

公理3
  1. $\forall x,y\in \mathbb{R},x+y=y+x$
  2. $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(x+y)+z=x+(y+z)$
  3. $\exists 0\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x+0=x$
  4. $\forall x\in \mathbb{R},\exists -x\in \mathbb{R},x+(-x)=0$

論理記号を用いずに書くと,次のようになる.

公理4
  1. 任意の実数$x,y$に対し,$x+y=y+x$
  2. 任意の実数$x,y,z$に対し,$(x+y)+z=x+(y+z)$
  3. 任意の実数$x$に対し,$x+0=0$となる実数$0$が存在する.
  4. 任意の実数$x$に対し,$x+(-x)=0$となる実数$-x$が存在する.

実数の公理1~4は加法についての主張である.

  1. この公理は,加法の交換律(commutative law)を保証している.つまり,順番を入れ替えても和は変わらないということである.
  2. この公理は,加法の結合律(associative law)を保証している.つまり,どこから計算しても和は変わらないということである.以下,$(x+y)+z$や$x+(y+z)$は単に$x+y+z$と表すことにする.
  3. この公理は,加法の単位元(identity element)が存在することを保証している.加法の単位元は$0$と書かれる.つまり,どんな実数に$0$を足しても元の実数のままということである.
  4. この公理は,加法の逆元(inverse element)が存在することを保証している.つまり,どんな実数も,ある実数を加えることにより加法の単位元(すなわち$0$)にすることができるということである.

乗法の性質

公理5
  1. $\forall x,y\in \mathbb{R},xy=yx$
  2. $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(xy)z=x(yz)$
  3. $\exists 0\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x1=x$
  4. $\forall x\in \mathbb{R},\exists x^{-1}\in \mathbb{R},xx^{-1}=1$

論理記号を用いずに書くと,次のようになる.

公理6
  1. 任意の実数$x,y$に対し,$xy=yx$
  2. 任意の実数$x,y,z$に対し,$(xy)z=x(yz)$
  3. 任意の実数$x$に対し,$x1=x$となる実数$1$が存在する.
  4. 任意の$0$でない実数$x$に対し,$xx^{-1}=1$となる実数$x^{-1}$が存在する.

実数の公理5~8は乗法についての主張である.

  1. この公理は,乗法の交換律(commutative law)を保証している.つまり,順番を入れ替えても積は変わらないということである.
  2. この公理は,乗法の結合律(associative law)を保証している.つまり,どこから計算しても積は変わらないということである.以下,$(xy)z$や$x(yz)$は単に$xyz$と表すことにする.
  3. この公理は,乗法の単位元(identity element)が存在することを保証している.乗法の単位元は$1$と書かれる.つまり,どんな実数に$1$を掛けても元の実数のままということである.
  4. この公理は,乗法の逆元(inverse element)が存在することを保証している.つまり,$0$でないどんな実数も,ある実数を掛けることにより乗法の単位元(すなわち$1$)にすることができるということである.

乗法において,$0$の逆元は存在しないことに注意が必要である.

加法と乗法の性質

公理7
  1. $\forall x,y,z\in \mathbb{R},x(y+z)=xy+xz$
  2. $0\neq 1$

論理記号を用いずに書くと,次のようになる.

公理8
  1. 任意の実数$x,y,z$に対し,$x(y+z)=xy+xz$
  2. $0$と$1$は異なる.

実数の公理9,10は加法と乗法の関係性についての主張である.

  1. この公理は,加法と乗法の間に分配律(distributive law)が成り立つことを保証している.この公理により,カッコを外すことができる.
  2. 当たり前の主張であるようにも思えるが,実数の公理において,$0$は加法の単位元,$1$は乗法の単位元であった.つまり,加法の単位元と乗法の単位元は異なるということを保証している.

減法と除法

加法の逆元を用いることで減法を,乗法の逆元を用いることで除法を定義することができる.

定義3

写像$\phi ^{\prime}:\mathbb{R}\times \mathbb{R}\to \mathbb{R}$を
\[ \phi ^{\prime}(x,y)=x+(-y)\quad (x,y\in \mathbb{R})\]
により定める.このとき,$\phi ^{\prime}$を減法(subtraction)(または引き算減算)という.
任意の$x,y\in \mathbb{R}$に対し,$\phi ^{\prime}(x,y)$を$x$と$y$の(difference)といい,$x-y$で表す.

写像$\psi ^{\prime}:\mathbb{R}\times \mathbb{R}\backslash \{ 0\} \to \mathbb{R}$を
\[ \psi ^{\prime}(x,y)=xy^{-1}\quad (x\in \mathbb{R},y\in \mathbb{R}\backslash \{ 0\} )\]
により定める.このとき,$\psi ^{\prime}$を除法(division)(または割り算除算)という.
任意の$x,y\in \mathbb{R}$に対し,$\psi ^{\prime}(x,y)$を$x$の$y$による(quotient)といい,$x\div y$(または$x/y$,$\dfrac{x}{y}$)で表す.

ここまで,$\mathbb{R}$上の演算として加法,減法,乗法,除法の4つを定義したが,これらはまとめて四則演算(four arithmetic operations)と呼ばれている.

実数体

$\mathbb{R}$上には加法と乗法という2つの演算が定義され,様々な性質を満たしていた.このような構造は群論の概念に一般化することができる.

さて,$\mathbb{R}$には加法と乗法という2つの演算が定義され,いくつかの性質を満たしていた.これは,より一般的な概念へと結びつけることができる.

定義4

空でない集合$G$に対し,$G$上の演算$\phi$が定義されているとき,任意の$a,b\in G$に対し,$\phi (a,b)$を$ab$で表すことにする.次の3つの条件をすべて満たす$G$を(group)という.

  • (結合律(associative law)(または結合法則結合則))$\forall a,b,c\in G,(ab)c=a(bc)$
  • (単位元の存在)$\exists e\in G,\forall a\in G,ae=ea=a$
  • (逆元の存在)$\forall a\in G,\exists a^{-1}\in G,aa^{-1}=a^{-1}a=e$

群$G$に対して,$ab$を$a$と$b$の(product)という.また,$e$を単位元(identity element)(または中立元(neutral element))といい,$1$(または$1_G$)で表すこともある.さらに,$a^{-1}$を$a$の逆元(inverse element)という.

1つ目の条件のみを満たす集合を半群(semigroup)といい,1つ目と2つ目の条件のみを満たす集合をモノイド(monoid)(または単系単位的半群)という.

「積」という用語には注意が必要である.ここでは,通常の乗法の「積$ab=a\times b$」を意味するのではなく,一般の演算$\phi$の「積$ab=\phi (a,b)$」を意味する.

単位元の表記「$1$」には注意が必要である.ここでは,単位元を表す記号として「$1$」が用いられており,最小の正の整数である$1$を表しているわけではない.混同しないためにも,$e$で表すことにするほうが良い.

逆元の表記「$a^{-1}$」には注意が必要である.ここでは,$a$の逆元を表す記号として「$a^{-1}$」が用いられており,$\dfrac{1}{a}$を表しているわけではない.

その中でも,重要な群には名前がついている.

定義5

群$G$において,$a,b\in G$が$ab=ba$を満たすとき,$a$と$b$は可換であるという.
群$G$が次の条件を満たすとき,$G$を可換群(commutative group)(またはアーベル群(abelian group),加法群(additive group),加群(module))という.

  • (交換律(commutative law))$\forall a,b\in G,ab=ba$

可換群$G$に対して,$ab$は$a$と$b$の(sum)ともいう.このとき,$ab$を$a+b$で表し,単位元を$0$(または$0_G$)で表すこともある.

「和」という用語には注意が必要である.ここでは,通常の加法の「和$a+b$」を意味するのではなく,一般の演算$\phi$の「和$a+b=ab=\phi (a,b)$」を意味する.

単位元の表記「$0$」には注意が必要である.ここでは,単位元を表す記号として「$0$」が用いられており,正でも負でもない実数$0$を表しているわけではない.混同しないためにも,$e$で表すことにするほうが良い.

これを$\mathbb{R}$の場合で考えてみよう.

例1

$\mathbb{R}$は加法について可換群である.実際,次の4つの条件が成り立つ.

  • 実数の公理1より,任意の$x,y\in \mathbb{R}$に対し,$x+y=y+x$である.よって,交換律が成り立つ.
  • 実数の公理2より,任意の$x,y,z\in \mathbb{R}$に対し,$(x+y)+z=x+(y+z)$である.よって,結合律が成り立つ.
  • 実数の公理3より,$0\in \mathbb{R}$が存在し,任意の$x\in \mathbb{R}$に対し,$x+0=0+x=x$である(交換律より従う).よって,$0$は単位元である.
  • 実数の公理4より,任意の$x\in \mathbb{R}$に対し,ある$-x\in \mathbb{R}$が存在し,$x+(-x)=(-x)+x=0$である(交換律より従う).よって,$-x$は$x$の逆元である.

一方で,$\mathbb{R}$は乗法について群ではない.加法の場合と同様に,交換律と結合律が成り立ち,単位元$1$が存在するが,任意の実数に対して逆元が存在するわけではない.
実数の公理8より,$0$以外の実数には逆元が存在するが,$0$に逆元が存在するとは書かれていない.
実際,$0$に逆元は存在しない.まず,任意の$x\in \mathbb{R}$に対し,実数の公理2,3,4,9より
\[ \begin{aligned}x0&=x0+0=x0+(x0+(-(x0)))\\ &=(x0+x0)+(-(x0))=x(0+0)+(-(x0))\\ &=x0+(-(x0))=0\end{aligned}\]
ここで,$0^{-1}0=1$なる$0^{-1}\in \mathbb{R}$が存在すると仮定すると,$0^{-1}0=0$より$1=0$となるが,これは実数の公理10に矛盾する.

環・体

群では,集合に定義された1つの演算にのみ注目していた.しかし,$\mathbb{R}$には加法と乗法という2つの演算が定義されている.そこで,集合に定義された2つの演算に注目する,群に似た新しい概念を導入してみよう.

定義6

空でない集合$R$に対し,$R$上の演算$+$と$\times$が定義されているとき,任意の$a,b\in R$に対し,$+(a,b)$を$a+b$で,$\times (a,b)$を$ab$で表すことにする.次の4つの条件をすべて満たす$R$を(ring)という.

  • $R$は演算$+$について可換群である.
  • (乗法の結合律)$\forall a,b,c\in R,(ab)c=a(bc)$
  • (乗法単位元の存在)$\exists 1\in R,\forall a\in R,1a=a1=a$
  • (分配律(distributive property)(または分配法則))$\forall a,b,c\in R,[a(b+c)=ab+ac\land (a+b)c=ac+bc]$

環$R$に対して,$a+b$を$a$と$b$の(sum)といい,$ab$を$a$と$b$の(product)という.また,演算$+$を加法(addition,summation)といい,演算$\times$を乗法(multiplication)という.また,加法の単位元を$0$(または$0_R$)で表し,乗法の単位元を$1$(または$1_R$)で表す.

環の定義には,3つ目の条件である乗法単位元の存在を仮定しない流儀もある1.また,2つ目の条件である乗法の結合律を仮定しない流儀もある.

「和」及び「加法」という用語,「$+$」という記号には注意が必要である.ここでは,通常の「加法」の「和$a+b$」を意味するのではなく,一般の演算$+$の「和$a+b=+(a,b)$」を意味する.
また,「積」及び「乗法」という用語,「$\times$」という記号にも注意が必要である.ここでは,通常の「乗法」の「積$ab=a\times b$」を意味するのではなく,一般の演算$\times$の「積$ab=\times (a,b)$」を意味する.

単位元の表記「$1$」には注意が必要である.ここでは,乗法の単位元を表す記号として「$1$」が用いられており,最小の正の整数である$1$を表しているわけではない.
また,単位元の表記「$0$」にも注意が必要である.ここでは,加法の単位元を表す記号として「$0$」が用いられており,正でも負でもない実数$0$を表しているわけではない.

環の定義に関する補足(Click or Tap!)

ここで,最も単純な環を考えてみよう.

例2

$R=\{ 0\}$とする.$R$上の演算$+$,$\times$を$+(0,0)=0+0=0,\times (0,0)=0\times 0=0$によって定めると,$R$は環である.

上の例で$R$が環であることを,定義に従って確認してみるとよい.

  • $(0+0)+0=0+0=0+(0+0)$より加法の結合律を満たす.
  • $0+0=0+0=0$より,$0$は加法の単位元であり,$0$の加法に関する逆元は$0$である.また,加法の交換律を満たす.
  • 以上より,$R$は加法について可換群である.
  • $(0\times 0)\times 0=0\times 0=0\times (0\times 0)$より乗法の結合律を満たす.
  • $0\times 0=0\times 0=0$より,$0$は乗法の単位元である.
  • $0\times (0+0)=0\times 0=0,(0+0)\times 0=0\times 0=0$より,分配律を満たす.
  • したがって,$R$は環である.

上の例で,加法の単位元と乗法の単位元は$0$で一致している.この$R$には名前がついており,次の命題が成り立つ.

定義7

$R=\{ 0\}$とする.$R$上の演算$+$,$\times$を$+(0,0)=0,\times (0,0)=0$により定めるとき,$R$を零環(zero ring)(または自明な環(trivial ring)(または自明環))という.

命題1

$R$を環とする.$R$が零環であることと,$1_R=0_R$であることは同値である.

$R$が零環ならば$1_R=0_R$であることは先に示した.よって,$1_R=0_R$ならば$R$は零環であることを示せばよい.

$a0_R$の加法に関する逆元を$b$とおく.$1_R=0_R$ならば,任意の$a\in R$に対し
\[ a=a1_R=a0_R=a0_R+0_R=a0_R+(a0_R+b)=(a0_R+a0_R)+b=a(0_R+0_R)+b=a0_R+b=0_R\]
よって,$R$の元は$0_R$のみであるから,$0_R+0_R=0_R,0_R0_R=0_R$より$R$は零環である.

代数学の観点では,零環を環と認めないほうが便利である場合がある.これは,環についての様々な命題を考えるとき,零環については成り立たなかったり,零環においても成り立たせるために主張を少し変えたりすることが生じることがあるためである.この場合,上の命題により,環の定義に$0_R\neq 1_R$という条件を追加し,零環を除外する場合がある2

その中でも,重要な環には名前がついている.

定義8

環$R$において,$a,b\in R$が$ab=ba$を満たすとき,$a$と$b$は可換であるという.
環$R$が次の条件を満たすとき,$R$を可換環(commutative ring)という.

  • (乗法の交換律)$\forall a,b\in R,ab=ba$
定義9

環$R$において,$a\in R$に対し,ある$a^{-1}\in R$が存在し,$aa^{-1}=a^{-1}a=1_R$となるとき,$a$を可逆元(invertible element)(または単元(unit))といい,$a^{-1}$を$a$の逆元(inverse element)という.
環$R$が次の条件を満たすとき,$R$を可除環(division ring, Divisionsring)(または斜体(skew field)(または歪体))(または多元体(division algebra)(または可除多元環))という.

  • (逆元の存在)$\forall a\in R\backslash \{ 0_R\} ,\exists a^{-1}\in R,aa^{-1}=a^{-1}a=1_R$

可換環でない可除環を斜体という流儀もある3

逆元の表記「$a^{-1}$」には注意が必要である.ここでは,$a$の逆元を表す記号として「$a^{-1}$」が用いられており,$\dfrac{1}{a}$を表しているわけではない.

さらに条件を強めた環である体は,非常に重要な概念であり,環とは異なる名前がついている.

定義10

空でない集合$K$に対し,$K$上の演算$+$と$\times$が定義されているとき,任意の$a,b\in K$に対し,$+(a,b)$を$a+b$で,$\times (a,b)$を$ab$で表すことにする.$K$が演算$+,\times$について可換環かつ可除環であるとき,$K$を(field)(または可換体)という.

体$K$に対して,$a+b$を$a$と$b$の(sum)といい,$ab$を$a$と$b$の(product)という.また,演算$+$を加法(addition, summation)といい,演算$\times$を乗法(multiplication)という.また,加法の単位元を$0$(または$0_K$)で表し,乗法の単位元を$1$(または$1_K$)で表す.

「和」及び「加法」という用語,「$+$」という記号には注意が必要である.ここでは,通常の「加法」の「和$a+b$」を意味するのではなく,一般の演算$+$の「和$a+b=+(a,b)$」を意味する.
また,「積」及び「乗法」という用語,「$\times$」という記号にも注意が必要である.ここでは,通常の「乗法」の「積$ab=a\times b$」を意味するのではなく,一般の演算$\times$の「積$ab=\times (a,b)$」を意味する.

単位元の表記「$1$」には注意が必要である.ここでは,乗法の単位元を表す記号として「$1$」が用いられており,最小の正の整数である$1$を表しているわけではない.
また,単位元の表記「$0$」にも注意が必要である.ここでは,加法の単位元を表す記号として「$0$」が用いられており,正でも負でもない実数$0$を表しているわけではない.

これを$\mathbb{R}$の場合で考えてみよう.

例3

$\mathbb{R}$は(通常の)加法と乗法について体である.実際,次の9つの条件が成り立つ.

  1. 実数の公理1より加法の交換律が成り立つ.
  2. 実数の公理2より加法の結合律が成り立つ.
  3. 実数の公理1,3より加法の単位元$0$が存在する.
  4. 実数の公理1,4より任意の実数に対して加法の逆元が存在する.
  5. 実数の公理5より乗法の交換律が成り立つ.
  6. 実数の公理6より乗法の結合律が成り立つ.
  7. 実数の公理5,7より乗法の単位元$1$が存在する.
  8. 実数の公理5.8より$0$を除く任意の実数に対して乗法の逆元が存在する.
  9. 実数の公理9より分配律が成り立つ.

2,3,4より$\mathbb{R}$は加法について群である.また,1より$\mathbb{R}$は加法について可換群である.さらに,6,7,9より$\mathbb{R}$は加法と乗法について環である.特に,実数の公理10より$0\neq 1$であるから,零環でない.そして,5より$\mathbb{R}$は加法と乗法について可換環である.8より$\mathbb{R}$は加法と乗法について可除環であるから,$\mathbb{R}$は加法と乗法について体である.このことから,$\mathbb{R}$を実数体(field of real number)という.

群・環・体についてのより詳しい話は,代数学で扱われる.以下の記事や参考文献を参照してほしい.

参考文献

  1. 以下の本では,環の定義に乗法単位元の存在を仮定している.
    雪江明彦, 『代数学1 群論入門』, 第2版, 日本評論社, 2023年.
    一方で,以下の本では,環の定義に乗法単位元の存在を仮定していない.
    桂利行, 『代数学I 群と環』, 大学数学の入門①, 東京大学出版会, 2004年. ↩︎
  2. 以下の本では,零環を環と認めている.
    雪江明彦, 『代数学1 群論入門』, 第2版, 日本評論社, 2023年.
    しかし,初版では零環を除外して議論を進めていた.
    雪江明彦, 『代数学1 群論入門』, 日本評論社, 2010年. ↩︎
  3. 以下のPDFファイルを参照するとよい.
    雪江明彦, 「私の教科書の用語について」, 2012年, http://www.math.tohoku.ac.jp/~yukie/errata/Alg/yougo.pdf. ↩︎
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