ベクトル空間とその部分空間が与えられたとき,部分空間を「潰す」ことにより,それまで異なるものとして扱っていたベクトルを,新たな尺度で同一視することができるようになる.これにより得られる集合はベクトル空間になる.
商ベクトル空間の定義
商ベクトル空間を定義するための準備として,次の補題1を示す.
$V$をベクトル空間,$W$を$V$の部分空間とする.
$V$上の二項関係$\sim$を
\[ \bm{x}\sim \bm{y}\iff \bm{x}-\bm{y}\in W\quad (\bm{x},\bm{y}\in V)\]
により定めると,$\sim$は$V$上の同値関係である.
同値関係については次の記事で詳しく解説している.
反射律を示す.
任意の$\bm{x}\in V$に対して
\[ \bm{x}-\bm{x}=\bm{0}\in W\]
が成り立つから,$\bm{x}\sim \bm{x}$である.
対称律を示す.
任意の$\bm{x},\bm{y}\in V$に対して,$\bm{x}\sim \bm{y}$ならば
\[ \bm{x}-\bm{y}\in W\]
であるから
\[ \bm{y}-\bm{x}=-(\bm{x}-\bm{y})\in W\]
よって,$\bm{y}\sim \bm{x}$である.
推移律を示す.
任意の$\bm{x},\bm{y},\bm{z}\in V$に対して,$\bm{x}\sim \bm{y}$かつ$\bm{y}\sim \bm{z}$ならば
\[ \bm{x}-\bm{y}\in W\\ \bm{y}-\bm{z}\in W\]
であるから
\[ \bm{x}-\bm{z}=(\bm{x}-\bm{y})+(\bm{y}-\bm{z})\in W\]
よって,$\bm{x}\sim \bm{z}$である.
以上より,$\sim$は$V$上の同値関係である.$\blacksquare$
以下,$\sim$を補題1で定義されるベクトル空間上の同値関係とする.
特に,この同値関係は次の性質を満たす.
$K$を体,$V$を$K$上のベクトル空間,$W$を$V$の部分空間,$\bm{x}_1,\bm{x}_2,\bm{y}_1,\bm{y}_2\in V$,$k\in K$とする.
- $\bm{x}_1\sim \bm{x}_2$かつ$\bm{y}_1\sim \bm{y}_2$ならば,$\bm{x}_1+\bm{y}_1\sim \bm{x}_2+\bm{y}_2$
- $\bm{x}_1\sim \bm{x}_2$ならば,$k\bm{x}_1\sim k\bm{x}_2$
- $\bm{x}_1\sim \bm{x}_2$かつ$\bm{y}_1\sim \bm{y}_2$ならば
\[ \bm{x}_1-\bm{x}_2\in W\\ \bm{y}_1-\bm{y}_2\in W\]
であるから
\[ \begin{aligned}&(\bm{x}_1+\bm{y}_1)-(\bm{x}_2+\bm{y}_2)\\ =&(\bm{x}_1-\bm{x}_2)+(\bm{y}_1-\bm{y}_2)\in W\end{aligned}\]
よって,$\bm{x}_1+\bm{y}_1\sim \bm{x}_2+\bm{y}_2$である.$\blacksquare$ - $\bm{x}_1\sim \bm{x}_2$ならば
\[ \bm{x}_1-\bm{x}_2\in W\]
であるから
\[ k\bm{x}_1-k\bm{x}_2=k(\bm{x}_1-\bm{x}_2)\in W\]
よって,$k\bm{x}_1\sim k\bm{x}_2$である.$\blacksquare$
補題1より,同値関係$\sim$による商集合を考えることができる.そして,補題2より,その商集合に和とスカラー倍を定義できるようになる.
$K$を体,$V$を$K$上のベクトル空間,$W$を$V$の部分空間,$[\bm{x}],[\bm{y}]\in V/\sim$,$k\in K$とする.
$[\bm{x}]$と$[\bm{y}]$の和$[\bm{x}]+[\bm{y}]$を
\[ [\bm{x}]+[\bm{y}]\coloneqq [\bm{x}+\bm{y}]\]
で,$[\bm{x}]$の$k$によるスカラー倍$k[\bm{x}]$を
\[ k[\bm{x}]\coloneqq [k\bm{x}]\]
で定めるとき1,$V/\sim$は$K$上のベクトル空間である.
ベクトル空間の定義については,次の記事を参照するとよい.
$\bm{x},\bm{y},\bm{z}\in V$,$k,l\in K$を任意にとる.
- \[ \begin{aligned}[\bm{x}]+[\bm{y}]&=[\bm{x}+\bm{y}]\\ &=[\bm{y}+\bm{x}]\\ &=[\bm{y}]+[\bm{x}]\end{aligned}\]
- \[ \begin{aligned}([\bm{x}]+[\bm{y}])+[\bm{z}]&=[\bm{x}+\bm{y}]+[\bm{z}]\\ &=[(\bm{x}+\bm{y})+\bm{z}]\\ &=[\bm{x}+(\bm{y}+\bm{z})]\\ &=[\bm{x}]+[\bm{y}+\bm{z}]\\ &=[\bm{x}]+([\bm{y}]+[\bm{z}])\end{aligned}\]
- \[ [\bm{x}]+[\bm{0}]=[\bm{x}+\bm{0}]=[\bm{x}]\]
①より
\[ [\bm{x}]+[\bm{0}]=[\bm{0}]+[\bm{x}]=[\bm{x}]\]
を得る. - \[ \begin{aligned}k(l[\bm{x}])&=k[l\bm{x}]=[k(l\bm{x})]\\ &=[(kl)\bm{x}]=(kl)[\bm{x}]\end{aligned}\]
- \[ \begin{aligned}(k+l)[\bm{x}]&=[(k+l)\bm{x}]=[k\bm{x}+l\bm{x}]\\ &=[k\bm{x}]+[l\bm{x}]=k[\bm{x}]+l[\bm{x}]\end{aligned}\]
- \[ \begin{aligned}k([\bm{x}]+[\bm{y}])&=k[\bm{x}+\bm{y}]\\ &=[k(\bm{x}+\bm{y})]\\ &=[k\bm{x}+k\bm{y}]\\ &=[k\bm{x}]+[k\bm{y}]\\ &=k[\bm{x}]+k[\bm{y}]\end{aligned}\]
- \[ 1[\bm{x}]=[1\bm{x}]=[\bm{x}]\]
- \[ 0[\bm{x}]=[0\bm{x}]=[\bm{0}]\]
以上より,$V/\sim$はベクトル空間である.$\blacksquare$
以上の議論により,商ベクトル空間を定義することができる.
$V$をベクトル空間,$W$を$V$の部分空間とする.
また,$V$上の同値関係$\sim$を
\[ \bm{x}\sim \bm{y}\iff \bm{x}-\bm{y}\in W\quad (\bm{x},\bm{y}\in V)\]
により定める.
商集合$V/\sim$を商ベクトル空間(または商線形空間)(quotient vector space)(または商空間2(quotient space))といい,$V/W$で表す.
商空間とセットで登場するのが,ベクトル空間からその商空間への射影である.
$K$を体,$V$を$K$上のベクトル空間,$W$を$V$のベクトル空間とする.
写像$\pi :V\to V/W$を
\[ \pi (\bm{x})=[\bm{x}]\quad (\bm{x}\in V)\]
により定めると,$\pi$は線形写像である.
まず,任意の$\bm{x},\bm{y}\in V$に対して
\[ \begin{aligned}\pi (\bm{x}+\bm{y})&=[\bm{x}+\bm{y}]\\ &=[\bm{x}]+[\bm{y}]\\ &=\pi (\bm{x})+\pi (\bm{y})\end{aligned}\]
また,任意の$\bm{x}\in V$と任意の$k\in K$に対して
\[ \pi (k\bm{x})=[k\bm{x}]=k[\bm{x}]=k\pi (\bm{x})\]
以上より,$\pi$は線形写像である.$\blacksquare$
商空間の具体例を紹介する.
$V$をベクトル空間とする.
任意の$\bm{x},\bm{y}\in V$に対して,$\bm{x}-\bm{y}\in V$であるから
\[ V/V=\{ [\bm{0}]\} \]
すなわち,$V/V$は零空間である.
$V$をベクトル空間とする.
零空間は$V$の部分空間であり,$\bm{x},\bm{y}\in V$に対して
\[ \bm{x}-\bm{y}=\bm{0}\iff \bm{x}=\bm{y}\]
であるから
\[ V/\{ \bm{0}\} =\{ [\bm{x}]\mid \bm{x}\in V\} \]
$[\bm{x}]$を$\bm{x}$と同一視すると,$V/\{ \bm{0}\}$は$V$と同一視することができる.
$\mathbb{R}^3$を$\mathbb{R}$上のベクトル空間とする.
このとき
\[ W\coloneqq \left\{ \begin{pmatrix}a\\ b\\ 0\end{pmatrix}\ \middle| \ a,b\in \mathbb{R}\right\} \]
は$\mathbb{R}^3$の部分空間であり,$\bm{x}=\begin{pmatrix}x_1\\ x_2\\ x_3\end{pmatrix},\bm{y}=\begin{pmatrix}y_1\\ y_2\\ y_3\end{pmatrix}$に対して
\[ \bm{x}-\bm{y}=\bm{0}\iff x_3=y_3\]
であるから
\[ \mathbb{R}^3/W=\left\{ \left[ \begin{pmatrix}0\\ 0\\ x\end{pmatrix}\right] \ \middle| \ x\in \mathbb{R}\right\} \]
すなわち,$\mathbb{R}^3/W$は$\mathbb{R}^3$において,$xy$平面に平行な平面全体の集合に相当する.
商ベクトル空間の次元
商ベクトル空間の重要な帰結として,次元に関する次の定理1が挙げられる.
$K$を体,$V$を$K$上の有限次元ベクトル空間,$W$を$V$の部分空間とする.
\[ \dim (V/W)=\dim V-\dim W\]
$m=\dim W,n=\dim V$とする.
$m=n$,すなわち$V=W$のとき
\[ V/W=\{ [\bm{0}]\} \]
すなわち$V/W$は零空間であるから
\[ \dim (V/W)=0=\dim V-\dim V=\dim V-\dim W\]
$m=0<n$,すなわち$W=\{ \bm{0}\}\subsetneq V$のとき
\[ V/W=\{ [\bm{x}]\mid \bm{x}\in V\} \]
である.このとき,$\{ \bm{v}_1,\bm{v}_2,\dots ,\bm{v}_n\}$を$V$の基底とすると
\[ \{ [\bm{v}_1],[\bm{v}_2],\dots ,[\bm{v}_n]\} \]
は$V/W$の基底であることを示す.
$k_1,k_2.\dots ,k_n\in K$が
\[ k_1[\bm{v}_1]+k_2[\bm{v}_2]+\dots +k_n[\bm{v}_n]=[\bm{0}]\]
すなわち
\[ [k_1\bm{v}_1+k_2\bm{v}_2+\dots +k_n\bm{v}_n]=[\bm{0}]\]
を満たすとき
\[ k_1\bm{v}_1+k_2\bm{v}_2+\dots +k_n\bm{v}_n-\bm{0}=\bm{0}\]
すなわち
\[ k_1\bm{v}_1+k_2\bm{v}_2+\dots +k_n\bm{v}_n=\bm{0}\]
であるから,$\{ \bm{v}_1,\bm{v}_2,\dots ,\bm{v}_n\}$は$V$の基底なので
\[ k_1=k_2=\dots =k_n=0\]
よって,$[\bm{v}_1],[\bm{v}_2],\dots ,[\bm{v}_n]$は1次独立である.
また,任意の$[\bm{v}]\in V/W$に対して,ある$l_1,l_2,\dots ,l_n\in K$が存在して
\[ \bm{v}=l_1\bm{v}_1+l_2\bm{v}_2+\dots +l_n\bm{v}_n\]
となるから
\[ \begin{aligned}[\bm{v}]&=[l_1\bm{v}_1+l_2\bm{v}_2+\dots +l_n\bm{v}_n]\\ &=l_1[\bm{v}_1]+l_2[\bm{v}_2]+\dots +l_n[\bm{v}_n]\end{aligned}\]
よって
\[ [\bm{v}]\in \langle [\bm{v}_1],[\bm{v}_2],\dots ,[\bm{v}_n]\rangle _K\]
であるから
\[ V/W=\langle [\bm{v}_1],[\bm{v}_2],\dots ,[\bm{v}_n]\rangle _K\]
以上より,$\{ [\bm{v}_1],[\bm{v}_2],\dots ,[\bm{v}_n]\}$は$V/W$の基底であるから
\[ \dim (V/W)=n=\dim V-\dim \{ \bm{0}\} =\dim V-\dim W\]
$0<m<n$のとき,$\{ \bm{v}_1,\bm{v}_2,\dots ,\bm{v}_m\}$を$W$の基底とすると,ある$\bm{v}_{m+1},\bm{v}_{m+2},\dots ,\bm{v}_n\in V$が存在して,$\{ \bm{v}_1,\bm{v}_2,\dots ,\bm{v}_n\}$は$V$の基底となる.
このとき,$\{ [\bm{v}_{m+1}],[\bm{v}_{m+2}],\dots ,[\bm{v}_n]\}$は$V/W$の基底であることを示す.
$k_{m+1},k_{m+2}.\dots ,k_n\in K$が
\[ k_{m+1}[\bm{v}_{m+1}]+k_{m+2}[\bm{v}_{m+2}]+\dots +k_n[\bm{v}_n]=[\bm{0}]\]
すなわち
\[ [k_{m+1}\bm{v}_{m+1}+k_{m+2}\bm{v}_{m+2}+\dots +k_n\bm{v}_n]=[\bm{0}]\]
を満たすとき
\[ k_{m+1}\bm{v}_{m+1}+k_2\bm{v}_{m+2}+\dots +k_n\bm{v}_n-\bm{0}=\bm{0}\]
すなわち
\[ k_{m+1}\bm{v}_{m+1}+k_{m+2}\bm{v}_{m+2}+\dots +k_n\bm{v}_n=\bm{0}\]
である.$[\bm{0}]\in W$より,左辺も$W$の元であるから,ある$k_1,k_2,\dots ,k_m\in K$が存在して
\[ \begin{aligned}&k_{m+1}\bm{v}_{m+1}+k_{m+2}\bm{v}_{m+2}+\dots +k_n\bm{v}_n\\ =&k_1\bm{v}_1+k_2\bm{v}_2+\dots +k_m\bm{v}_m\end{aligned}\]
すなわち
\[ \begin{aligned}&k_1\bm{v}_1+k_2\bm{v}_2+\dots +k_m\bm{v}_m\\ &-k_{m+1}\bm{v}_{m+1}-k_{m+2}\bm{v}_{m+2}-\dots -k_n\bm{v}_n=\bm{0}\end{aligned}\]
となる.$\{ \bm{v}_1,\bm{v}_2,\dots ,\bm{v}_n\}$は$V$の基底であるから
\[ k_1=k_2=\dots =k_n=0\]
よって,$[\bm{v}_{m+1}],[\bm{v}_{m+2}],\dots ,[\bm{v}_n]$は1次独立である.
また,任意の$[\bm{v}]\in V/W$に対して,ある$l_1,l_2,\dots ,l_n\in K$が存在して
\[ \bm{v}=l_1\bm{v}_1+l_2\bm{v}_2+\dots +l_n\bm{v}_n\]
となる.ここで
\[ \begin{aligned}&\bm{v}-(l_{m+1}\bm{v}_{m+1}+l_{m+2}\bm{v}_{m+2}+\dots +l_n\bm{v}_n)\\ =&l_1\bm{v}_1+l_2\bm{v}_2+\dots +l_m\bm{v}_m\in W\end{aligned}\]
であるから
\[ \begin{aligned}[\bm{v}]&=[l_{m+1}\bm{v}_{m+1}+l_{m+2}\bm{v}_{m+2}+\dots +l_n\bm{v}_n]\\ &=l_{m+1}[\bm{v}_{m+1}]+l_{m+2}[\bm{v}_{m+2}]+\dots +l_n[\bm{v}_n]\end{aligned}\]
よって
\[ [\bm{v}]\in \langle [\bm{v}_{m+1}],[\bm{v}_{m+2}],\dots ,[\bm{v}_n]\rangle _K\]
であるから
\[ V/W=\langle [\bm{v}_{m+1}],[\bm{v}_{m+2}],\dots ,[\bm{v}_n]\rangle _K\]
以上より,$\{ [\bm{v}_{m+1}],[\bm{v}_{m+2}],\dots ,[\bm{v}_n]\}$は$V/W$の基底であるから
\[ \dim (V/W)=n-m=\dim V-\dim W\quad \blacksquare \]