実数とは,ある17個の性質が成り立つ数の集合のことです.
実数(real number)全体の集合$\mathbb{R}$は次の17個の条件を満たす.
- $\forall x,y\in \mathbb{R},x+y=y+x$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(x+y)+z=x+(y+z)$
- $\exists 0\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x+0=0+x=x$
- $\forall x\in \mathbb{R},\exists -x\in \mathbb{R},x+(-x)=0$
- $\forall x,y\in \mathbb{R},xy=yx$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(xy)z=x(yz)$
- $\exists 1\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x1=1x=x$
- $\forall x\in \mathbb{R}\backslash \{ 0\} ,\exists x^{-1}\in \mathbb{R},xx^{-1}=1$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},x(y+z)=xy+xz$
- $0\neq 1$
- $\forall x\in \mathbb{R},x\le x$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[[x\le y\land y\le x]\implies x=y]$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R}[[x\le y\land y\le z]\implies x\le z]$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[x\le y\lor y\le x]$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R}[x\le y\implies x+z\le y+z]$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[[0\le x\land 0\le y]\implies 0\le xy]$
- $\forall X\subset \mathbb{R}[[X\neq \emptyset \land [\exists M\in \mathbb{R},\forall x\in X,x\le M]]\implies \exists \alpha \in \mathbb{R}[[\forall x\in X,x\le \alpha ]\land [\forall \varepsilon \in \mathbb{R}[[\varepsilon \neq 0\land 0\le \varepsilon ]\implies [\exists x\in X[\alpha -\varepsilon \neq x\land \alpha -\varepsilon \le x]]]]]]$
実数の「公理」
日本の数学教育においては,算数で正の整数や$0$,正の有理数,円周率を教わり,中学数学で負の整数や負の有理数,無理数(特に平方根)を教わり,高校数学で「実数」という用語が登場し,平方根以外の無理数(特に三角関数や対数,ネイピア数)を教わる.さらに,高校数学では複素数についても教わる.
そんな数の集合を厳密に定義するのは容易なことではない.実際にはペアノの公理によって自然数を構成するところから始める必要がある.しかし,これは数学基礎論や集合論で論じられることである.この記事では(実数の厳密な定義について少しだけ述べるものの),解析学の観点から実数について解説する.そのため,実数の存在を認めるところから議論を始めることとする.
さて,解析学の立場では,実数全体の集合$\mathbb{R}$を,いくつかの性質を満たすものとして,その存在を認めることが多い.この記事では,これを「実数の公理」と呼ぶことにする.
次の17個の条件をすべて満たす集合$\mathbb{R}$の元を実数(real number)という.
- $\forall x,y\in \mathbb{R},x+y=y+x$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(x+y)+z=x+(y+z)$
- $\exists 0\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x+0=x$
- $\forall x\in \mathbb{R},\exists -x\in \mathbb{R},x+(-x)=0$
- $\forall x,y\in \mathbb{R},xy=yx$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(xy)z=x(yz)$
- $\exists 1\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x1=x$
- $\forall x\in \mathbb{R}\backslash \{ 0\} ,\exists x^{-1}\in \mathbb{R},xx^{-1}=1$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},x(y+z)=xy+xz$
- $0\neq 1$
- $\forall x\in \mathbb{R},x\le x$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[[x\le y\land y\le x]\implies x=y]$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R}[[x\le y\land y\le z]\implies x\le z]$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[x\le y\lor y\le x]$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R}[x\le y\implies x+z\le y+z]$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[[0\le x\land 0\le y]\implies 0\le xy]$
- $\forall X\subset \mathbb{R}[[X\neq \emptyset \land [\exists M\in \mathbb{R},\forall x\in X,x\le M]]\implies \exists \alpha \in \mathbb{R}[[\forall x\in X,x\le \alpha ]\land [\forall \varepsilon \in \mathbb{R}[[\varepsilon \neq 0\land 0\le \varepsilon ]\implies [\exists x\in X[\alpha -\varepsilon \neq x\land \alpha -\varepsilon \le x]]]]]]$
上の実数の公理は論理記号のみを用いて書かれているため,分かりづらいかもしれない.以下,各公理を詳細に解説していく中で,論理記号を用いずに書いたものを述べておく.また,17個すべての公理を論理記号を用いずに書いたものをまとめて後述する.
$\mathbb{R}$上の演算
$\mathbb{R}$上には,2つの演算が定義されている.そもそも演算とは,次のように定義される概念である.
集合$X$に対し,写像$\phi :X\times X\to X$が定められているとき,$\phi$を$X$上の演算という.
つまり,演算は写像の一種なのである.$\mathbb{R}$上の2つの演算は次のように定められる.
写像$+:\mathbb{R}\times \mathbb{R}\to \mathbb{R}$を加法(addition,summation)(または足し算,加算)という.
任意の$x,y\in \mathbb{R}$に対し,$+(x,y)$を$x$と$y$の和(sum)といい,$x+y$で表す.
写像$\times :\mathbb{R}\times \mathbb{R}\to \mathbb{R}$を乗法(multiplication)(または掛け算,乗算)という.
任意の$x,y\in \mathbb{R}$に対し,$\times (x,y)$を$x$と$y$の積(product)といい,$x\times y$(または$x\cdot y$,$xy$)で表す.
加法と乗法の計算の方法など,厳密な定義については以下の記事に委ねることにし,ここでは$\mathbb{R}$上の演算として加法と乗法が存在しているということを認めることとする.


1~4の解説
- $\forall x,y\in \mathbb{R},x+y=y+x$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(x+y)+z=x+(y+z)$
- $\exists 0\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x+0=x$
- $\forall x\in \mathbb{R},\exists -x\in \mathbb{R},x+(-x)=0$
論理記号を用いずに書くと,次のようになる.
- 任意の実数$x,y$に対し,$x+y=y+x$
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$(x+y)+z=x+(y+z)$
- 任意の実数$x$に対し$x+0=0$となるような,実数$0$が存在する.
- 任意の実数$x$に対し,$x+(-x)=0$となるような実数$-x$が存在する.
実数の公理1~4は加法についての主張である.
- この公理は,加法の交換律を保証している.つまり,順番を入れ替えても和は変わらないということである.
- この公理は,加法の結合律を保証している.つまり,どこから計算しても和は変わらないということである.
- この公理は,加法の単位元が存在することを保証している.加法の単位元は$0$と書かれる.つまり,どんな実数に$0$を足しても元の実数のままということである.
- この公理は,加法の逆元が存在することを保証している.つまり,どんな実数も,ある実数を加えることにより加法の単位元(すなわち$0$)にすることができるということである.
5~8の解説
- $\forall x,y\in \mathbb{R},xy=yx$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(xy)z=x(yz)$
- $\exists 0\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x1=x$
- $\forall x\in \mathbb{R},\exists x^{-1}\in \mathbb{R},xx^{-1}=1$
論理記号を用いずに書くと,次のようになる.
- 任意の実数$x,y$に対し,$xy=yx$
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$(xy)z=x(yz)$
- 任意の実数$x$に対し$x1=x$となるような,実数$1$が存在する.
- 任意の$0$でない実数$x$に対し,$xx^{-1}=1$となるような実数$x^{-1}$が存在する.
実数の公理5~8は乗法についての主張である.
- この公理は,乗法の交換律を保証している.つまり,順番を入れ替えても積は変わらないということである.
- この公理は,乗法の結合律を保証している.つまり,どこから計算しても積は変わらないということである.
- この公理は,乗法の単位元が存在することを保証している.乗法の単位元は$1$と書かれる.つまり,どんな実数に$1$を掛けても元の実数のままということである.
- この公理は,乗法の逆元が存在することを保証している.つまり,$0$でないどんな実数も,ある実数を掛けることにより乗法の単位元(すなわち$1$)にすることができるということである.
9,10の解説
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},x(y+z)=xy+xz$
- $0\neq 1$
論理記号を用いずに書くと,次のようになる.
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$x(y+z)=xy+xz$
- $0$と$1$は異なる.
実数の公理9,10は加法と乗法の関係性についての主張である.
- この公理は,加法と乗法の間に分配律が成り立つことを保証している.この公理により,カッコを外すことができる.
- 当たり前の主張であるようにも思えるが,実数の公理において,$0$は加法の単位元,$1$は乗法の単位元であった.つまり,加法の単位元と乗法の単位元は異なるということを保証している.
関連内容
まずは,用語の定義から始めよう.
写像$-:\mathbb{R}\times \mathbb{R}\to \mathbb{R}$を
\[ -(x,y)=x+(-y)\quad (x,y\in \mathbb{R})\]
により定める.このとき,$-$を減法(subtraction)(または引き算,減算)という.
任意の$x,y\in \mathbb{R}$に対し,$-(x,y)$を$x$と$y$の差(difference)といい,$x-y$で表す.
写像$\div :\mathbb{R}\times \mathbb{R}\backslash \{ 0\} \to \mathbb{R}$を
\[ \div (x,y)=xy^{-1}\quad (x\in \mathbb{R},y\in \mathbb{R}\backslash \{ 0\} )\]
により定める.このとき,$\div$を除法(division)(または割り算,除算)という.
任意の$x,y\in \mathbb{R}$に対し,$\div (x,y)$を$x$の$y$による商(quotient)といい,$x\div y$(または$x/y$,$\dfrac{x}{y}$)で表す.
加法と乗法の逆元を用いることで,減法と除法という新たな演算を導入することができた.
群
さて,$\mathbb{R}$には加法と乗法という2つの演算が定義され,いくつかの性質を満たしていた.これは,より一般的な概念へと結びつけることができる.
空でない集合$G$に対し,$G$上の演算$\phi$が定義されているとき,任意の$a,b\in G$に対し,$\phi (a,b)$を$ab$で表すことにする.次の3つの条件をすべて満たす$G$を群(group)という.
- [結合律(associative law)(または結合法則,結合則)]$\forall a,b,c\in G,(ab)c=a(bc)$
- [単位元の存在]$\exists e\in G,\forall a\in G,ae=ea=a$
- [逆元の存在]$\forall a\in G,\exists a^{-1}\in G,aa^{-1}=a^{-1}a=e$
群$G$に対して,$ab$を$a$と$b$の積(product)という.また,$e$を単位元(identity element)(または中立元(neutral element))といい,$1$(または$1_G$)で表すこともある.さらに,$a^{-1}$を$a$の逆元(inverse element)という.
1つ目の条件のみを満たす集合を半群(semigroup)といい,1つ目と2つ目の条件のみを満たす集合をモノイド(monoid)(または単系,単位的半群)という.
「積」という用語には注意が必要である.ここでは,通常の乗法の「積$ab=a\times b$」を意味するのではなく,一般の演算$\phi$の「積$ab=\phi (a,b)$」を意味する.
単位元の表記「$1$」には注意が必要である.ここでは,単位元を表す記号として「$1$」が用いられており,最小の正の整数である$1$を表しているわけではない.混同しないためにも,$e$で表すことにするほうが良い.
逆元の表記「$a^{-1}$」には注意が必要である.ここでは,$a$の逆元を表す記号として「$a^{-1}$」が用いられており,$\dfrac{1}{a}$を表しているわけではない.
その中でも,重要な群には名前がついている.
群$G$において,$a,b\in G$が$ab=ba$を満たすとき,$a$と$b$は可換であるという.
群$G$が次の条件を満たすとき,$G$を可換群(commutative group)(またはアーベル群(abelian group),加法群(additive group),加群(module))という.
- [交換律(commutative law)]$\forall a,b\in G,ab=ba$
可換群$G$に対して,$ab$は$a$と$b$の和(sum)ともいう.このとき,$ab$を$a+b$で表し,単位元を$0$(または$0_G$)で表すこともある.
「和」という用語には注意が必要である.ここでは,通常の加法の「和$a+b$」を意味するのではなく,一般の演算$\phi$の「和$a+b=ab=\phi (a,b)$」を意味する.
単位元の表記「$0$」には注意が必要である.ここでは,単位元を表す記号として「$0$」が用いられており,正でも負でもない実数$0$を表しているわけではない.混同しないためにも,$e$で表すことにするほうが良い.
これを$\mathbb{R}$の場合で考えてみよう.
$\mathbb{R}$は加法について可換群である.実際,次の4つの条件が成り立つ.
- 実数の公理1より,任意の$x,y\in \mathbb{R}$に対し,$x+y=y+x$である.よって,交換律が成り立つ.
- 実数の公理2より,任意の$x,y,z\in \mathbb{R}$に対し,$(x+y)+z=x+(y+z)$である.よって,結合律が成り立つ.
- 実数の公理3より,$0\in \mathbb{R}$が存在し,任意の$x\in \mathbb{R}$に対し,$x+0=0+x=x$である(交換律より従う).よって,$0$は単位元である.
- 実数の公理4より,任意の$x\in \mathbb{R}$に対し,ある$-x\in \mathbb{R}$が存在し,$x+(-x)=(-x)+x=0$である(交換律より従う).よって,$-x$は$x$の逆元である.
一方で,$\mathbb{R}$は乗法について群ではない.加法の場合と同様に,交換律と結合律が成り立ち,単位元$1$が存在するが,任意の実数に対して逆元が存在するわけではない.
実数の公理8より,$0$以外の実数には逆元が存在するが,$0$に逆元が存在するとは書かれていない.
実際,$0$に逆元は存在しない.まず,任意の$x\in \mathbb{R}$に対し,実数の公理2,3,4,9より
\[ x0=x0+0=x0+(x0+(-(x0)))=(x0+x0)+(-(x0))=x(0+0)+(-(x0))=x0+(-(x0))=0\]
ここで,$0^{-1}0=1$なる$0^{-1}\in \mathbb{R}$が存在すると仮定すると,$0^{-1}0=0$より$1=0$となるが,これは実数の公理10に矛盾する.
環・体
群では,集合に定義された1つの演算にのみ注目していた.しかし,$\mathbb{R}$には加法と乗法という2つの演算が定義されている.そこで,集合に定義された2つの演算に注目する,群に似た新しい概念を導入してみよう.
空でない集合$R$に対し,$R$上の演算$+$と$\times$が定義されているとき,任意の$a,b\in R$に対し,$+(a,b)$を$a+b$で,$\times (a,b)$を$ab$で表すことにする.次の4つの条件をすべて満たす$R$を環(ring)という.
- $R$は演算$+$について可換群である.
- [乗法の結合律]$\forall a,b,c\in R,(ab)c=a(bc)$
- [乗法単位元の存在]$\exists 1\in R,\forall a\in R,1a=a1=a$
- [分配律(distributive property)(または分配法則)]$\forall a,b,c\in R,[a(b+c)=ab+ac\land (a+b)c=ac+bc]$
環$R$に対して,$a+b$を$a$と$b$の和(sum)といい,$ab$を$a$と$b$の積(product)という.また,演算$+$を加法(addition,summation)といい,演算$\times$を乗法(multiplication)という.また,加法の単位元を$0$(または$0_R$)で表し,乗法の単位元を$1$(または$1_R$)で表す.
環の定義には,3つ目の条件である乗法単位元の存在を仮定しない流儀もある1.また,2つ目の条件である乗法の結合律を仮定しない流儀もある.
「和」及び「加法」という用語,「$+$」という記号には注意が必要である.ここでは,通常の「加法」の「和$a+b$」を意味するのではなく,一般の演算$+$の「和$a+b=+(a,b)$」を意味する.
また,「積」及び「乗法」という用語,「$\times$」という記号にも注意が必要である.ここでは,通常の「乗法」の「積$ab=a\times b$」を意味するのではなく,一般の演算$\times$の「積$ab=\times (a,b)$」を意味する.
単位元の表記「$1$」には注意が必要である.ここでは,乗法の単位元を表す記号として「$1$」が用いられており,最小の正の整数である$1$を表しているわけではない.
また,単位元の表記「$0$」にも注意が必要である.ここでは,加法の単位元を表す記号として「$0$」が用いられており,正でも負でもない実数$0$を表しているわけではない.
環の定義に関する補足(Click or Tap!)
ここで,最も単純な環を考えてみよう.
$R=\{ 0\}$とする.$R$上の演算$+$,$\times$を$+(0,0)=0+0=0,\times (0,0)=0\times 0=0$によって定めると,$R$は環である.
上の例で$R$が環であることを,定義に従って確認してみるとよい.
- $(0+0)+0=0+0=0+(0+0)$より加法の結合律を満たす.
- $0+0=0+0=0$より,$0$は加法の単位元であり,$0$の加法に関する逆元は$0$である.また,加法の交換律を満たす.
- 以上より,$R$は加法について可換群である.
- $(0\times 0)\times 0=0\times 0=0\times (0\times 0)$より乗法の結合律を満たす.
- $0\times 0=0\times 0=0$より,$0$は乗法の単位元である.
- $0\times (0+0)=0\times 0=0,(0+0)\times 0=0\times 0=0$より,分配律を満たす.
- したがって,$R$は環である.
上の例で,加法の単位元と乗法の単位元は$0$で一致している.この$R$には名前がついており,次の命題が成り立つ.
$R=\{ 0\}$とする.$R$上の演算$+$,$\times$を$+(0,0)=0,\times (0,0)=0$により定めるとき,$R$を零環(zero ring)(または自明な環(trivial ring)(または自明環))という.
$R$を環とする.$R$が零環であることと,$1_R=0_R$であることは同値である.
$R$が零環ならば$1_R=0_R$であることは先に示した.よって,$1_R=0_R$ならば$R$は零環であることを示せばよい.
$a0_R$の加法に関する逆元を$b$とおく.$1_R=0_R$ならば,任意の$a\in R$に対し
\[ a=a1_R=a0_R=a0_R+0_R=a0_R+(a0_R+b)=(a0_R+a0_R)+b=a(0_R+0_R)+b=a0_R+b=0_R\]
よって,$R$の元は$0_R$のみであるから,$0_R+0_R=0_R,0_R0_R=0_R$より$R$は零環である.
代数学の観点では,零環を環と認めないほうが便利である場合がある.これは,環についての様々な命題を考えるとき,零環については成り立たなかったり,零環においても成り立たせるために主張を少し変えたりすることが生じることがあるためである.この場合,上の命題により,環の定義に$0_R\neq 1_R$という条件を追加し,零環を除外する場合がある2.
その中でも,重要な環には名前がついている.
環$R$において,$a,b\in R$が$ab=ba$を満たすとき,$a$と$b$は可換であるという.
環$R$が次の条件を満たすとき,$R$を可換環(commutative ring)という.
- [乗法の交換律]$\forall a,b\in R,ab=ba$
環$R$において,$a\in R$に対し,ある$a^{-1}\in R$が存在し,$aa^{-}=a^{-1}=1_R$となるとき,$a$を可逆元(invertible element)(または単元(unit))といい,$a^{-1}$を$a$の逆元(inverse element)という.
環$R$が次の条件を満たすとき,$R$を可除環(division ring, Divisionsring)(または斜体(skew field)(または歪体))(または多元体(division algebra)(または可除多元環))という.
- [逆元の存在]$\forall a\in R\backslash \{ 0_R\} ,\exists a^{-1}\in R,aa^{-1}=a^{-1}a=1_R$
可換環でない可除環を斜体という流儀もある3.
逆元の表記「$a^{-1}$」には注意が必要である.ここでは,$a$の逆元を表す記号として「$a^{-1}$」が用いられており,$\dfrac{1}{a}$を表しているわけではない.
さらに条件を強めた環は,非常に重要な概念であり,環とは異なる名前がついている.
空でない集合$K$に対し,$K$上の演算$+$と$\times$が定義されているとき,任意の$a,b\in K$に対し,$+(a,b)$を$a+b$で,$\times (a,b)$を$ab$で表すことにする.$K$が演算$+,\times$について可換環かつ可除環であるとき,$K$を体(field)(または可換体)という.
体$K$に対して,$a+b$を$a$と$b$の和(sum)といい,$ab$を$a$と$b$の積(product)という.また,演算$+$を加法(addition, summation)といい,演算$\times$を乗法(multiplication)という.また,加法の単位元を$0$(または$0_K$)で表し,乗法の単位元を$1$(または$1_K$)で表す.
「和」及び「加法」という用語,「$+$」という記号には注意が必要である.ここでは,通常の「加法」の「和$a+b$」を意味するのではなく,一般の演算$+$の「和$a+b=+(a,b)$」を意味する.
また,「積」及び「乗法」という用語,「$\times$」という記号にも注意が必要である.ここでは,通常の「乗法」の「積$ab=a\times b$」を意味するのではなく,一般の演算$\times$の「積$ab=\times (a,b)$」を意味する.
単位元の表記「$1$」には注意が必要である.ここでは,乗法の単位元を表す記号として「$1$」が用いられており,最小の正の整数である$1$を表しているわけではない.
また,単位元の表記「$0$」にも注意が必要である.ここでは,加法の単位元を表す記号として「$0$」が用いられており,正でも負でもない実数$0$を表しているわけではない.
これを$\mathbb{R}$の場合で考えてみよう.
$\mathbb{R}$は(通常の)加法と乗法について体である.実際,次の9つの条件が成り立つ.
- 実数の公理1より加法の交換律が成り立つ.
- 実数の公理2より加法の結合律が成り立つ.
- 実数の公理1,3より加法の単位元$0$が存在する.
- 実数の公理1,4より任意の実数に対して加法の逆元が存在する.
- 実数の公理5より乗法の交換律が成り立つ.
- 実数の公理6より乗法の結合律が成り立つ.
- 実数の公理5,7より乗法の単位元$1$が存在する.
- 実数の公理5.8より$0$を除く任意の実数に対して乗法の逆元が存在する.
- 実数の公理9より分配律が成り立つ.
2,3,4より$\mathbb{R}$は加法について群である.また,1より$\mathbb{R}$は加法について可換群である.さらに,6,7,9より$\mathbb{R}$は加法と乗法について環である.特に,実数の公理10より$0\neq 1$であるから,零環でない.そして,5より$\mathbb{R}$は加法と乗法について可換環である.8より$\mathbb{R}$は加法と乗法について可除環であるから,$\mathbb{R}$は加法と乗法について体である.このことから,$\mathbb{R}$を実数体(field of real number)という.
群・環・体についてのより詳しい話は,代数学で扱われる.以下の記事や参考文献を参照してほしい.



$\mathbb{R}$上の順序関係
$\mathbb{R}$上には順序関係が定義されている.順序関係は二項関係の一種で,次のように定義される概念である.
集合$X$に対し,$R\subset X\times X$を$X$上の二項関係(binary relation)といい,$(a,b)\in R$を$aRb$で表す.
集合$X$に対し,$X$上の二項関係$\le$が次の4つの条件をすべて満たすとき,$\le$を$X$上の全順序(total order)という.
- [反射律(reflexivity)]$\forall x\in X[x\le x]$
- [反対称律(antisymmetry)]$\forall x,y\in X[[x\le y\land y\le x]\implies x=y]$
- [推移律(transitivity)]$\forall x,y,z\in X[[x\le y\land y\le z]\implies x\le z]$
- [全順序律(totality)(または完全律)]$\forall x,y\in X[x\le y\lor y\le x]$
反射律と推移律を満たす二項関係は前順序(preorder)(または擬順序(quasiorder)),反射律と反対称律と推移律を満たす二項関係は半順序(partial order)という.


$\mathbb{R}$上の二項関係は次のように定められる.
$\mathbb{R}$上の二項関係$\le$を
\[ \le =\{ (x,y)\in \mathbb{R}^2\mid xはyより小さいか等しい\} \]
により定める.
実数の大小関係についての厳密な定義は以下の記事に委ねることにし,ここでは,$\mathbb{R}$上の二項関係として$\le$が存在しているということを認めることとする.
11~14の解説
- $\forall x\in \mathbb{R},x\le x$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[[x\le y\land y\le x]\implies x=y]$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R}[[x\le y\land y\le z]\implies x\le z]$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[x\le y\lor y\le x]$
論理記号を用いずに書くと,次のようになる.
- 任意の実数$x$に対し,$x\le x$
- 任意の実数$x,y$に対し,($x\le y$かつ$y\le x$)ならば$x=y$
- 任意の実数$x,y,z$に対し,($x\le y$かつ$y\le z$)ならば$x\le z$
- 任意の実数$x,y$に対し,$x\le y$と$y\le x$の少なくとも一方が成り立つ.
実数の公理11~14は順序関係についての主張である.
- この公理は,二項関係$\le$の反射律を保証している.
- この公理は,二項関係$\le$の反対称律を保証している.
- この公理は,二項関係$\le$の推移律を保証している.
この3つの公理により,二項関係$\le$が半順序であることが分かる.
- この公理は,順序関係$\le$の全順序性を保証している.つまり,どんな2つの実数に対しても,何らかの順序関係があるということである.
そして,この公理により,二項関係$\le$が全順序であることが分かる.
関連内容
$x,y\in \mathbb{R}$に対し,$x\le y$を$y\ge x$(または$x\leqq y$,$y\geqq x$,$x\leqslant y$,$y\geqslant x$)とも表し,$x$は$y$以下である(または$y$は$x$以上である)という.
$x,y\in \mathbb{R}$に対し,二項関係$<$を
\[ <=\{ (x,y)\in \mathbb{R}\times \mathbb{R}\mid x\le y\land x\neq y\} \]
により定める.$x<y$を$y>x$とも表し,$x$は$y$より小さい(または$y$は$x$より大きい)という.
特に,$x\in \mathbb{R}$に対し,$x>0$であるとき,$x$は正であるといい,$x$を正の数(positive number)という.また,$x<0$であるとき,$x$は負であるといい,$x$を負の数(negative number)という.
高校までの数学では,$\leqq$や$\geqq$がよく用いられていたが,大学数学以降は$\le$や$\ge$を用いることが多い.これは,世界的に見ても後者の表記がよく用いられているためであると考えられる.
15,16の解説
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R}[x\le y\implies x+z\le y+z]$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[[0\le x\land 0\le y]\implies 0\le xy]$
論理記号を用いずに書くと,次のようになる.
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$x\le y$ならば$x+z\le y+z$
- 任意の実数$x,y$に対し,($0\le x$かつ$0\le y$)ならば$0\le xy$
実数の公理15,16は順序関係と演算(加法と乗法)についての主張である.
- この公理は,不等式の両辺に同じ実数を加えても,不等式が成り立つことを保証している.
- この公理は,$0$以上の実数どうしの積も$0$以上であることを保証している.$0$が加法の単位元であることに注意が必要である.
連続の公理
実数の公理の17番目の公理は,連続の公理(least-upper-bound property)(または上限性質,ワイエルシュトラスの公理)と呼ばれる.この公理は実数の公理の中で最も複雑であるが,解析学の立場からは最も重要と言っても良いかもしれない.というのも,連続の公理は様々な極限の存在を保証してくれる.また,連続の公理と同値な命題が複数存在しており,その証明は難解なものが多い.
関連内容
連続の公理について解説する前に,次の用語を定義しておくと便利である.
$A$を$\mathbb{R}$の空でない部分集合とする.ある$M\in A$が存在し,任意の$x\in A$に対し$x\le M$となるとき,$M$を$A$の最大値(maximum)といい,$\max A$で表す.また,ある$m\in A$が存在し,任意の$x\in A$に対し$m\le x$となるとき,$m$を$A$の最小値(minimum)といい,$\max A$で表す.
$A$を$\mathbb{R}$の空でない部分集合とすると,$\max A,\min A$が存在するならば,次が成り立つ.
\[ \max A\in A\land [\forall x\in A,x\le \max A]\]
\[ \min A\in A\land [\forall x\in A,\min A\le x]\]
$A$を$\mathbb{R}$の空でない部分集合とする.ある$M\in \mathbb{R}$が存在し,任意の$x\in A$に対し$x\le M$となるとき,$M$を$A$の上界(upper bound)という.また,ある$m\in \mathbb{R}$が存在し,任意の$x\in A$に対し$m\le x$となるとき,$m$を$A$の下界(lower bound)という.
$A$に上界が存在するとき,$A$は上に有界であるといい,$A$に下界が存在するとき,$A$は下に有界であるという.また,$A$が上に有界かつ下に有界であるとき,$A$は有界(bounded)であるという.
すなわち
\[ A\in \mathbb{R}が上に有界\stackrel{\mathrm{def}}{\iff}\exists M\in \mathbb{R},\forall x\in A,x\le M\]
\[ A\in \mathbb{R}が下に有界\stackrel{\mathrm{def}}{\iff}\exists m\in \mathbb{R},\forall x\in A,m\le x\]
$A$を上に有界な$\mathbb{R}$の空でない部分集合とする.$A$の上界全体の集合に最小元$\alpha$が存在するとき,$\alpha$を$A$の上限(supremum)(または最小上界(least upper bound))といい,$\sup A$で表す.
$A$を下に有界な$\mathbb{R}$の空でない部分集合とする.$A$の下界全体の集合に最大元$\beta$が存在するとき,$\beta$を$A$の下限(infimum)(または最大下界(greatest lower bound))といい,$\inf A$で表す.
$A$を$\mathbb{R}$の空でない部分集合とすると,$\sup A,\inf A$が存在するならば,次が成り立つ.
\[ [\forall x\in A,x\le \sup A]\land [\forall \varepsilon >0,\exists a\in A,\sup A-\varepsilon <a]\]
\[ [\forall x\in A,\inf A\le x]\land [\forall \varepsilon >0,\exists a\in A,a<\inf A+\varepsilon ]\]
これらの諸概念の詳しい解説は以下の記事に任せることにする.



17の解説
- $\forall X\subset \mathbb{R}[[X\neq \emptyset \land [\exists M\in \mathbb{R},\forall x\in X,x\le M]]\implies \exists \alpha \in \mathbb{R}[[\forall x\in X,x\le \alpha ]\land [\forall \varepsilon \in \mathbb{R}[[\varepsilon \neq 0\land 0\le \varepsilon ]\implies [\exists x\in X[\alpha -\varepsilon \neq x\land \alpha -\varepsilon \le x]]]]]]$
先で定義した用語を用いて,論理記号を用いずに書くと,次のようになる.
- 任意の空でない上に有界な集合$X\subset \mathbb{R}$に対し,$X$の上限が存在する.
具体例で確認してみよう.
集合$A$を次のように定める.
\[ A=\left\{ \frac{1}{m}+\frac{1}{n}\middle| m,n\in \mathbb{N}\right\} \]
まず,$A$は明らかに空でない$\mathbb{R}$の部分集合である.
また,$A$は上に有界である.実際,任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$1\le n$であるから,$\dfrac{1}{n}\le 1$となる.よって,任意の$m,n\in \mathbb{N}$に対し,$\dfrac{1}{m}+\dfrac{1}{n}\le 1+1=2$であるから,$2$は$A$の上界である.
このとき,$A$の上限は$2$である.まず,先の議論より$2$は$A$の上界である.また,任意の$0<\varepsilon <2$に対し,$N<\dfrac{2}{2-\varepsilon }$なる$N\in \mathbb{N}$が存在し,$2-\varepsilon <\dfrac{2}{N}=\dfrac{1}{N}+\dfrac{1}{N}$となる.さらに,任意の$\varepsilon \ge 2$に対し,$2-\varepsilon \le 0$であるから,任意の$N\in \mathbb{N}$に対し,$2-\varepsilon <\dfrac{1}{N}+\dfrac{1}{N}$となる.以上より,任意の$\varepsilon >0$に対し,ある$a\in A$が存在し,$2-\varepsilon <a$となる.
連続の公理は「公理」であるから,本来は成り立つことを認めるものである.しかし,連続の公理が成り立っていることを直感的に確認するということは,実数に連続の公理を認めることを理解するうえで重要である.
実数の厳密な定義
結局,実数の公理は次のようなものであった.
- 任意の実数$x,y$に対し,$x+y=y+x$
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$(x+y)+z=x+(y+z)$
- 任意の実数$x$に対し$x+0=0$となるような,実数$0$が存在する.
- 任意の実数$x$に対し,$x+(-x)=0$となるような実数$-x$が存在する.
- 任意の実数$x,y$に対し,$xy=yx$
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$(xy)z=x(yz)$
- 任意の実数$x$に対し$x1=x$となるような,実数$1$が存在する.
- 任意の$0$でない実数$x$に対し,$xx^{-1}=1$となるような実数$x^{-1}$が存在する.
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$x(y+z)=xy+xz$
- $0$と$1$は異なる.
- 任意の実数$x$に対し,$x\le x$
- 任意の実数$x,y$に対し,($x\le y$かつ$y\le x$)ならば$x=y$
- 任意の実数$x,y,z$に対し,($x\le y$かつ$y\le z$)ならば$x\le z$
- 任意の実数$x,y$に対し,$x\le y$と$y\le x$の少なくとも一方が成り立つ.
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$x\le y$ならば$x+z\le y+z$
- 任意の実数$x,y$に対し,($0\le x$かつ$0\le y$)ならば$0\le xy$
- 任意の空でない上に有界な集合$X\subset \mathbb{R}$に対し,$X$の上限が存在する.
ところで,実数を厳密に定義するには,自然数から始めて有理数を構成し,最後に有理数から実数を構成していく.有理数から実数を構成する方法はいくつか存在するが,ここでは代表的な方法を2つ紹介し,その概略を述べる.
デデキント切断
次の5つの条件を満たす集合の組$(A,B)$を$\mathbb{Q}$におけるデデキント切断(Dedekind cut)(または切断(cut))という.
- $A,B\neq \emptyset$
- $A\cup B=\mathbb{Q}$
- $A\cap B=\emptyset$
- $[a\in A\land b\in B]\implies a<b$
- $\forall M\in \mathbb{Q},\exists a\in A,a\ge M$
ここで,5つ目の条件は$A$に最大元が存在しないことを意味している.そして,このデデキント切断を用いて実数を定義する.
$\mathbb{Q}$におけるデデキント切断全体の集合を$\mathbb{R}$で表し,$\mathbb{R}$の元を実数(real number)という.
よく知っている実数とは全く異なるもののように思えるかもしれないが,これは実数の公理をすべて満たしている.
上の定義で得られる集合$\mathbb{R}$に順序関係と四則演算を定義すると,$\mathbb{R}$が実数の公理1~16を満たしていることを示すことができる.また,$\mathbb{R}$の切断を定義することにより,連続の公理を示すことができるのである.
$\mathbb{Q}$の完備化
$X$を集合とする.任意のコーシー列$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}\subset X$に対し,ある$\alpha \in X$が存在し,$\displaystyle \lim_{n\to \infty}a_n=\alpha$となるとき,$X$は完備(complete)であるという.
有理数と実数の決定的な違いの一つは,完備であるかどうかである.実際,有理数は完備でない.
数列$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}$を,円周率$\pi$を十進法で小数表示したときの第$n$位までの数とすると
\[ a_1=3.1,a_2=3.14,a_3=3.141\dots \]
となり,数列$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}$は有理数列であるが,無理数$\pi$に収束する.
ところで,コーシー列とは次のように定義されるものであった.
$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}$を実数列とする.任意の$\varepsilon >0$に対し,ある$N\in \mathbb{N}$が存在し,$m,n\ge N$なる任意の$m,n\in \mathbb{N}$に対し,$|a_m-a_n|<\varepsilon$となるとき,$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}$をコーシー列(Cauchy sequence)(または基本列(fundamental sequence),正則列(regular sequence),自己漸近列)という.
特に,$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}\subset \mathbb{Q}$であるとき,$\{ a_n\}_{n=1}^{\infty}$を有理コーシー列(rational Cauchy sequence)という.
$A$を有理コーシー列全体の集合とし,$A$上の二項関係$\sim$を
\[ \sim \coloneqq \{ (\{ a_n\} _{n=1}^{\infty},\{ b_n\} _{n=1}^{\infty})\in A\times A\mid \lim_{n\to \infty}|a_n-b_n|=0\} \]
により定めると,$\sim $は$A$上の同値関係である.
上で定義した$A$上の二項関係$\sim$が$A$上の同値関係であることを,定義に従って確認してみるとよい.
- 任意の$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}\in A$に対し,$\displaystyle \lim _{n\to \infty}|a_n-a_n|=\lim_{n\to \infty}0=0$より$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}\sim \{ a_n\} _{n=1}^{\infty}$
- 任意の$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty},\{ b_n\} _{n=1}^{\infty}\in A$に対し,$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}\sim \{ b_n\} _{n=1}^{\infty}$ならば,$\displaystyle \lim _{n\to \infty}|a_n-b_n|=0$である.ここで,$|a_n-b_n|=|b_n-a_n|$であるから,$\displaystyle \lim _{n\to \infty}|b_n-a_n|=0$となり,$\{ b_n\} _{n=1}^{\infty}\sim \{ a_n\} _{n=1}^{\infty}$
- 任意の$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty},\{ b_n\} _{n=1}^{\infty},\{ c_n\} _{n=1}^{\infty}\in A$に対し,$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}\sim \{ b_n\} _{n=1}^{\infty}$かつ$\{ b_n\} _{n=1}^{\infty}\sim \{ c_n\} _{n=1}^{\infty}$ならば,$\displaystyle \lim _{n\to \infty}|a_n-b_n|=0$かつ$\displaystyle \lim _{n\to \infty}|b_n-c_n|=0$
よって,任意の$\varepsilon >0$に対し,ある$N_1\in \mathbb{N}$が存在し,$n\ge N_1$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し
\[ ||a_n-b_n|-0|=|a_n-b_n|<\frac{\varepsilon }{2}\]
となる.また,ある$N_2\in \mathbb{N}$が存在し,$n\ge N_2$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し
\[ ||b_n-c_n|-0|=|b_n-c_n|<\frac{\varepsilon }{2}\]
となる.ゆえに,$N=\max \{ N_1,N_2\}$とおくと,$n\ge N$なる任意の$n\in \mathbb{N}$に対し
\[ |a_n-c_n|\le |a_n-b_n|+|b_n-c_n|<\frac{\varepsilon }{2}+\frac{\varepsilon }{2}=\varepsilon \]
となるから,$\displaystyle \lim_{n\to \infty}|a_n-c_n|=0$すなわち$\{ a_n\} _{n=1}^{\infty}\sim \{ c_n\} _{n=1}^{\infty}$ - 以上より,$\sim$は$A$上の同値関係である.
この有理コーシー列と同値関係を用いて,実数を次のように定義する.
有理コーシー列全体の集合を$A$とし,$A$上の二項関係$\sim$を
\[ \sim \coloneqq \{ (\{ a_n\} _{n=1}^{\infty},\{ b_n\} _{n=1}^{\infty})\in A\times A\mid \lim_{n\to \infty}|a_n-b_n|=0\} \]
により定めると,$\sim$は$A$上の同値関係であり,$A/\sim$を$\mathbb{R}$で表す.また,$\mathbb{R}$の元を実数(real number)という.
上の定義も,よく知っている実数とは全く異なるもののように思えるかもしれないが,これも実数の公理をすべて満たしている.
上の定義で得られる集合$\mathbb{R}$に順序関係と四則演算を定義すると,$\mathbb{R}$が実数の公理1~16を満たしていることを示すことができる.また,絶対値と極限を定義し,$\mathbb{R}$が完備であることを示すことで,連続の公理を示すことができるのである.
実数の構成の詳しい話は別記事や参考文献を参照してほしい.


参考文献
この記事を含め,「微分積分学」のカテゴリーに属する記事は,以下の書籍・PDFファイル・Webサイトを参考文献としています(それぞれの記事について,以下に掲載していない参考文献がある場合は,逐一掲載しています).
書籍
- 杉浦光夫, 『解析入門I』, 基礎数学2, 東京大学出版会, 1980年.
- 杉浦光夫, 『解析入門II』, 基礎数学3, 東京大学出版会, 1985年.
- 杉浦光夫, 清水英男, 金子晃, 岡本和夫, 『解析演習』, 基礎数学7, 東京大学出版会, 1989年.
- 高木貞治, 『定本 解析概論』, 岩波書店, 2010年.
- 松坂和夫, 『解析入門 上』, 松坂和夫 数学入門シリーズ, 新装版, 岩波書店, 2018年.
- 松坂和夫, 『解析入門 中』, 松坂和夫 数学入門シリーズ, 新装版, 岩波書店, 2018年.
- 松坂和夫, 『解析入門 下』, 松坂和夫 数学入門シリーズ, 新装版, 岩波書店, 2018年.
- 藤岡敦, 『手を動かしてまなぶ ε-δ論法』, 裳華房, 2021年.
- 藤岡敦, 『手を動かしてまなぶ 微分積分』, 裳華房, 2019年.
- 志賀浩二, 『微分・積分30講』, 数学30講シリーズ1, 朝倉書店, 1988年.
- 齋藤正彦, 『齋藤正彦 微分積分学』, 東京図書, 2006年.
- 加藤文元, 『大学教養 微分積分』, 数研講座シリーズ, 数研出版, 2019年.
- 『大学教養 微分積分』, 加藤文元(監修), 数研出版編集部(編著), チャート式シリーズ, 数研出版, 2019年.
- 小寺平治, 『明解演習 微分積分』, 明解演習シリーズ2, 共立出版, 1984年.
補足
10は2024年9月20日に新装改版が発売される予定です.
志賀浩二, 『微分・積分30講』, 数学30講シリーズ1, 新装改版, 朝倉書店, 2024年.
PDFファイル
- 石本健太, 「講義ノート『微分積分学』」, 2020年, https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~ishimoto/files/note_calculus.pdf.
- 黒田紘敏, 「微分積分学入門」, 2024年, https://www7b.biglobe.ne.jp/~h-kuroda/pdf/text_calculus.pdf.
- 吉田伸生, 「微分積分学」, 2007年, https://ocw.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2021/04/2010_bibunsekibungakuA.pdf.
- 西谷達雄, 「解析学」, http://www4.math.sci.osaka-u.ac.jp/~nishitani/calculus.pdf.
- 松澤寛, 「解析学の基礎(実数の連続性から定積分の存在まで)」, https://www.sci.kanagawa-u.ac.jp/math-phys/hmatsu/BasicAnalysis.pdf.
- 川端茂徳, 「解析学入門」, 2002年, https://www.fit.ac.jp/elec/7_online/calculus.pdf.
- 中西敏浩, 「およそ100ページで学ぶ微分積分学」, 2021年, https://www.math.shimane-u.ac.jp/~tosihiro/basiccalculus.pdf.
Webサイト
- Mathpedia, https://math.jp(旧版:https://old.math.jp).
- 数学の景色, https://mathlandscape.com.
- 高校数学の美しい物語, https://manabitimes.jp/math.
- KIT数学ナビゲーション, https://w3e.kanazawa-it.ac.jp/math.
- Wikipedia, https://ja.wikipedia.org(英語版:https://en.wikipedia.org).
- Wolfram MathWorld, https://mathworld.wolfram.com.
- Mathlog, https://mathlog.info.
- “topics on calculus”, PlanetMath, https://planetmath.org/TopicsOnCalculus.
追記
- 雪江明彦, 『代数学1 群論入門』, 第2版, 日本評論社, 2023年.
- 雪江明彦, 『代数学1 群論入門』, 日本評論社, 2010年.
- 桂利行, 『代数学I 群と環』, 大学数学の入門①, 東京大学出版会, 2004年.
- 永井保成, 『代数学入門: 群・環・体の基礎とガロワ理論』, 森北出版, 2024年.
- 新妻弘, 木村哲三, 『群・環・体入門』, 共立出版, 1999年.
- 齋藤正彦, 『数学の基礎: 集合・数・位相』, 基礎数学14, 東京大学出版会, 2002年.
- 雪江明彦, 「私の教科書の用語について」, 2012年, http://www.math.tohoku.ac.jp/~yukie/errata/Alg/yougo.pdf.
- 原隆, 「実数の構成に関するノート」, 2018年, https://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~hara/lectures/08/realnumbersv2.pdf.
- 以下の本では,環の定義に乗法単位元の存在を仮定している.
雪江明彦, 『代数学1 群論入門』, 第2版, 日本評論社, 2023年.
一方で,以下の本では,環の定義に乗法単位元の存在を仮定していない.
桂利行, 『代数学I 群と環』, 大学数学の入門①, 東京大学出版会, 2004年. ↩︎ - 以下の本では,零環を環と認めている.
雪江明彦, 『代数学1 群論入門』, 第2版, 日本評論社, 2023年.
しかし,初版では零環を除外して議論を進めていた.
雪江明彦, 『代数学1 群論入門』, 日本評論社, 2010年. ↩︎ - 以下のPDFファイルを参照するとよい.
雪江明彦, 「私の教科書の用語について」, 2012年, http://www.math.tohoku.ac.jp/~yukie/errata/Alg/yougo.pdf. ↩︎