集合とは,「ものの集まり」を表す,ほとんどすべての数学の土台を築いている概念である.
集合の定義(素朴集合論)
先の集合の説明は非常に曖昧な表現を用いており,集合の「定義」とはいえない.
集合の厳密な定義については後述する.
集合を主として扱う数学の分野は集合論と呼ばれる.集合論には素朴集合論と公理的集合論の2つの立場があり,素朴集合論は非形式的な自然言語を用いて記述され,公理的集合論に比べて直感的に理解しやすい.公理的集合論は形式的な論理式を用いて記述され,素朴集合論に比べて厳密に展開される.
集合のイメージと例
集合を視覚的に理解するために用いられるのが,図1のようなオイラー図(Euler diagram)である.オイラー図は集合の相互関係を視覚的に表すための図であり,1つの集合を平面上の円(または単純閉曲線)に対応させて表す.円の内部の領域は集合の元のみが存在する領域,円の外部の領域は集合の元でないもののみが存在する領域を表している.特に,複数の集合を表した単純閉曲線の領域が,考えられるすべての交わり方で交わっているとき,この図をベン図(Venn diagram)という.
図1では,$S$は集合,$a,b,c$は集合$S$の元を表している.すなわち,$a\in S,b\in S,c\in S$である.
素数の判定は難しい.例えば$993 \cdot 2^{2221991}-1$は素数であるかどうかが判明しておらず,検証中である1.しかし,素数であるか素数でないかのいずれかに分類されることは明確であるため,例1のような素数全体の集まりは集合と考えてよい.
集合を定義する意義
素朴集合論の立場では,集合を数学的対象の集まりとして定義する.例えば,数の集合や点の集合,関数の集合,集合の集合などがある.特に,集合はその範囲が明確に定まっているため,ある数学的対象が与えられたときに,それが集合に属するかどうかを(理論上)明確に判定できる.これは,様々な数学的対象を区別・整理するのにとても役に立つ.
また,集合には包含関係や演算などといった構造が導入されている.そのため,複数の数学的対象の関係を記述するのにも役に立つ.特に,写像によって,数学的対象の対応関係を記述することができる.
そしてなにより,集合論はほとんどすべての数学の分野の基礎となっている.例えば,関数や演算は写像の一種と考えることができる.どんなに難解な概念であっても,そのほとんどは集合論の言葉によって記述されている.
さらに,集合は厳密な議論を可能にしてくれる.厳密な論証を行うには,集合は欠かせない.特に,高校までの数学で曖昧であった事柄は,集合論の概念を介してより厳密に議論を展開することができるようになる.
集合を定義することで,より形式的な,厳密な数学を実現できるのだ.
元の個数
集合の元の個数について考える前に,元が存在しない,すなわち元の個数が$0$であるような集合について定義しておく.
素朴集合論の立場では,空集合は存在するものとして扱う.公理的集合論の立場では,空集合が存在することを1つの公理として認めている公理系もあれば,他の公理から空集合の存在性が演繹できるような公理系もある.
空集合を表す記号として,$\phi$などの似ている文字が使用されていることもあるが,一般的にはこれらの文字と空集合を表す記号は無関係である.
有限集合のより厳密な定義は写像を用いる.実際,例5.2で,2以上18以下の有理数全体の集合が無限集合であることを示すには,写像が用いられる.
重要な集合
具体的な集合のうち,重要なものには名称や記号が与えられている.
正の整数,実数,複素数全体の集合を表す記号は,それぞれの英語名の頭文字に由来する.整数全体の集合を表す記号は,ドイツ語で「数」を意味するZahlenの頭文字に由来し,有理数全体の集合を表す記号は,イタリア語で「商」を意味するquozienteの頭文字に由来する.
高校までの数学においては,$0$は自然数でない.すなわち,自然数と正の整数(positive integer)は同義である.しかし,現代数学においては,$0$を自然数であるとする流儀もある.すなわち,自然数と非負整数(non-negative integer)を同義とする流儀である.
当サイトでは,特に断りのない限り,正の整数全体の集合を$\mathbb{N}$で表すこととし,「自然数」という表現をなるべく用いないようにしている.
集合の表記
集合はその元によって1つに定まるため,元の情報を用いて集合を表記することができる.このとき,集合には大きく2つの表記法がある.
集合の内包的記法では,元を書く順序や回数などに決まりはない.
例えば,$\{ 1,2,3\}$と$\{ 3,1,2\}$と$\{ 1,1,2,3\}$などはすべて同じ集合を表す.
外延的記法は,有限集合の場合は正確に表すことができるが,無限集合の場合は省略部分が曖昧である.一方で,内包的記法は,集合の元が満たす条件が記述されているため,無限集合であっても正確に表すことができる.
集合の定義(公理的集合論)
選択公理は同値な命題が多数存在する.特に,直積を用いた命題を選択公理と呼ぶことが多い.
公理的集合論では,集合がZFC公理系を満たすことを認め,それを出発点として議論していく.
公理的集合論の先駆けとなったツェルメロ集合論(Zermelo set-theory)では,空集合の公理と対の公理がまとめられ,正則性公理がなく,置換公理の代わりに次の分出公理を認めていた.
- (分出公理(または部分集合公理)(axiom schema of specification)(または内包公理(axiom schema of comprehension)))
$n\in \mathbb{N}$,$\phi$を$w_1,w_2,\dots w_n,x,z$を自由変数にもつ論理式とする.
\[ \forall w_1\forall w_2\dots \forall w_n\forall x\exists y\forall z[z\in y\iff z\in x\land \phi (w_1,w_2,\dots ,w_n,x,z)]\]
分出公理は,ZFCの置換公理によって導出できる.
各公理のイメージは次の通り.
- 外延性公理:同じ元からなる2つの集合は等しい.
- 空集合の公理:元を持たない集合(空集合)が存在する.
- 対の公理:任意の2つの元からなる集合が存在する.
- 和集合公理:任意の集合族に対し,その元の元全体からなる集合(和集合)が存在する.
- 冪集合公理:任意の集合に対し,その一部の元からなる集合全体の集合(冪集合)が存在する.
- 置換公理:任意の集合に対し,各元を別の元に置き換えることによって,新たな集合が得られる.
- 無限公理:無数の異なる元を持つ集合(無限集合)が存在する.
- 正則性公理:空でない集合には,その集合と共通部分を持たない元が存在する.
- 選択公理:空でない集合からなる集合族に対し,その各元から1つの元を選ぶとき,その元全体からなる集合が存在する.
- 分出公理:任意の集合に対し,その元であって,ある論理式を満たすもの全体の集合(部分集合)が存在する.
分出公理と置換公理は,論理式ごとに公理が存在するため,正確には公理図式と呼ばれる.つまり,ZFC公理系は無数の公理からなる.
公理的集合論を導入することによって,素朴集合論よりも厳密に集合を扱うことができ,矛盾点を解消することができるようになる.
- 執筆時(2024年10月16日)時点の情報である.最新の情報はhttps://t5k.org/primes/status.phpに掲載されている. ↩︎
- 論理的には,置換公理と無限公理から導出することができる. ↩︎