微分積分学の土台となる数列の極限を理解するために,まずは数の集合について整理しておく.厳密な理論体系は集合論や数学基礎論の記事に委ねることにし,ここでは最低限必要な事柄に絞って解説する.
自然数
自然数とは
\[ 1,2,3,\dots \]
のような数である,と高校までの数学では教えられている.この主張が完全に間違っているわけではないが,自然数の説明としては不十分である.というのも,この説明はただ自然数の具体例を挙げただけに過ぎない.例えば,$2$が自然数であることは書かれているが,$4$が自然数であるかどうかは不明確である.
そこで,自然数全体の集合$\mathbb{N}$は集合論を用いて,次のペアノの公理(Peano axioms)(またはペアノの公準(Peano postulates),デデキント=ペアノの公理(Dedekind-Peano axioms))を満たすものとして定義される.
自然数全体の集合$\mathbb{N}$は次の5つの条件をすべて満たす.ただし,$\mathrm{suc}$は$\mathbb{N}$を定義域とする写像である.
- $0\in \mathbb{N}$
- 任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$\mathrm{suc}(n)\in \mathbb{N}$である.
- 任意の$m,n\in \mathbb{N}$に対し,$m\neq n$ならば$\mathrm{suc}(m)\neq \mathrm{suc}(n)$である.
- 任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$\mathrm{suc}(n)\neq 0$である.
- $n\in \mathbb{N}$を変数とする命題$P(n)$について,
・$P(0)$は真
・任意の$k\in \mathbb{N}$に対し,$P(k)$が真ならば$P(\mathrm{suc}(k))$は真
の2つが成り立つとき,任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$P(n)$は真である.
公理1では,$0$を自然数としている.高校までの数学では,「自然数」と「正の整数」は同義の用語として扱われていた($0$は自然数でないとしていた)が,$0$を自然数とする流儀も存在する(集合論などでよく見られる).当サイトでは,基本的に前者の流儀を採用し,集合論の観点から自然数の構成について述べる記事では後者の流儀を採用している(後者の流儀を採用する場合は記事中に断りを入れるようにしている)が,混同を避けるため,「自然数」という語を避け,「正の整数」または「非負整数」という語を用いるようにしている.
さて,公理1について簡単に解釈しておく.自然数全体の集合$\mathbb{N}$には,$0$という元が存在し($\mathbb{N}$が空集合でないことを保証),任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$\mathrm{suc}(n)\neq 0$であるような単射$\mathrm{suc}:\mathbb{N}\to \mathbb{N}$が存在している($n\in \mathbb{N}$に対し,$\mathrm{suc}(n)$は$n+1$のことであると解釈してよい).そして,自然数に関する命題の証明には,数学的帰納法が有効であることも保証している.
具体的な自然数は
\[ 1=\mathrm{suc}(0),2=\mathrm{suc}(1),3=\mathrm{suc}(2),\dots \]
のように定義される(十進法での表記は形式的に定義できる).
$\mathbb{N}$の演算として加法と乗法が定義されており,形式的には次のように定義する.
$\mathbb{N}$上の演算$\phi :\mathbb{N}\times \mathbb{N}\to \mathbb{N}$を次のように定める.
- 任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$\phi (n,0)=n$
- 任意の$m,n\in \mathbb{N}$に対し,$\phi (m,\mathrm{suc}(n))=\mathrm{suc}(\phi (m,n))$
このとき,$\phi$を加法(または足し算,加算,寄せ算)(addition, summation)という.また,$m,n\in \mathbb{N}$に対し,$\phi (m,n)$を$m$と$n$の和(sum)といい,$m+n$で表す.
$\mathbb{N}$上の演算$\psi :\mathbb{N}\times \mathbb{N}\to \mathbb{N}$を次のように定める.
- 任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$\psi (n,0)=0$
- 任意の$m,n\in \mathbb{N}$に対し,$\psi (m,\mathrm{suc}(n))=\psi (m,n)+m$
このとき,$\psi$を乗法(または掛け算,乗算)(multiplication)という.また,$m,n\in \mathbb{N}$に対し,$\psi (m,n)$を$m$と$n$の積(product)といい,$mn$(または$m\times n$,$m\cdot n$)で表す.
このとき,次の性質が成り立つことが数学的帰納法により分かる.
任意の$l,m,n\in \mathbb{N}$に対し,次が成り立つ.
- (和の交換法則)$m+n=n+m$
- (和の結合法則)$(l+m)+n=l+(m+n)$
- (和の単位元の存在)$n+0=0+n=n$
- (積の交換法則)$mn=nm$
- (積の結合法則)$(lm)n=l(mn)$
- (積の単位元の存在)$n\times 1=1\times n=n$
- (分配法則)$l(m+n)=lm+ln,(l+m)n=ln+mn$
- (和の単位元と積の単位元の不一致)$0\neq 1$
命題1の②,③より,$\mathbb{N}$は加法に関してモノイドであることが分かる.さらに,⑤,⑥より,$\mathbb{N}$は乗法に関してもモノイドであることが分かる.
また,自然数の大小関係は次のように定める.
$\mathbb{N}$上の二項関係$\le$を
\[ \le \coloneqq \{ (a,b)\in \mathbb{N}^2\mid \exists c\in \mathbb{N},a+c=b\} \]
により定めると,$\le$は$\mathbb{N}$の広義全順序であり,$\le$の逆順序を$\ge$で表す.すなわち,$m,n\in \mathbb{N}$に対し
\[ m\le n\iff n\ge m\]
である.$m,n\in \mathbb{N}$に対し,$m\le n$であるとき,「$m$小なりイコール$n$」と読み,$m$は$n$以下であるという.また,$m\ge n$であるとき,「$m$大なりイコール$n$」と読み,$m$は$n$以上であるという.
$\mathbb{N}$上の二項関係$<$を
\[ < \coloneqq \{ (a,b)\in \mathbb{N}^2\mid \exists c\in \mathbb{N}\setminus \{ 0\} ,a+c=b\} \]
により定めると,$<$は$\mathbb{N}$の狭義順序であり,$<$の逆順序を$>$で表す.すなわち,$m,n\in \mathbb{N}$に対し
\[ m<n\iff n>m\]
である.$m,n\in \mathbb{N}$に対し,$m<n$であるとき,「$m$小なり$n$」と読み,$m$は$n$より小さいという.また,$m>n$であるとき,「$m$大なり$n$」と読み,$m$は$n$より大きいという.
自然数の大小関係については,次の三分律が非常に重要である.
任意の$m,n\in \mathbb{N}$に対し,$m<n,m=n,m>n$のいずれか1つが成り立つ.
整数
整数も同様に
\[ \dots ,-3,-2,-1,0,1,2,3,\dots \]
あるいは
\[ 0,\pm 1,\pm 2,\pm 3,\dots \]
のような数である,と高校までの数学では教えられている.しかし,ペアノの公理で定義される$\mathbb{N}$を用いて,整数全体の集合$\mathbb{Z}$を次のように形式的に定義することができる.
$\mathbb{N}^2$上の二項関係$\sim$を
\[ \sim \coloneqq \{ ((a,b),(c,d))\in \mathbb{N}^2\times \mathbb{N}^2\mid a+d=b+c\} \]
により定める.このとき,$\sim$は$\mathbb{N}^2$上の同値関係であり,商集合$\mathbb{N}^2/\sim$を$\mathbb{Z}$で表す.また,$\mathbb{Z}$の元を整数(integer, whole number)という.
同値関係,同値類,商集合については以下の記事を参照するとよい.
以下,$(m,n)\in \mathbb{N}^2$の$\sim$に関する同値類を$[m,n]$で表すことにする.$[m,n]\in \mathbb{Z}$に注意すると,$[m,n]$は$m-n$という整数を表している($[m,n]$は$m-n$の別表記)と解釈してよい.
$\mathbb{N}$の演算として加法と減法と乗法が定義されており,形式的には次のように定義する.
$\mathbb{Z}$上の演算$\phi :\mathbb{Z}\times \mathbb{Z}\to \mathbb{Z}$を
\[ \phi ([a,b],[c,d])=[a+c,b+d]\qquad ([a,b],[c,d]\in \mathbb{Z})\]
により定めるとき,$\phi$を加法という.また,$[a,b],[c,d]\in \mathbb{Z}$に対し,$\phi ([a,b],[c,d])$を$[a,b]$と$[c,d]$の和といい,$[a,b]+[c,d]$で表す.
$\mathbb{Z}$上の演算$\phi ^{\prime}:\mathbb{Z}\times \mathbb{Z}\to \mathbb{Z}$を
\[ \phi ^{\prime}([a,b],[c,d])=[a+d,b+c]\qquad ([a,b],[c,d]\in \mathbb{Z})\]
により定めるとき,$\phi ^{\prime}$を減法(または引き算,減算)(subtraction)という.また,$[a,b],[c,d]\in \mathbb{Z}$に対し,$\phi ^{\prime}([a,b],[c,d])$を$[a,b]$の$[c,d]$による差(difference)といい,$[a,b]-[c,d]$で表す.
$\mathbb{Z}$上の演算$\psi :\mathbb{Z}\times \mathbb{Z}\to \mathbb{Z}$を
\[ \psi ([a,b],[c,d])=[ac+bd,ad+bc]\qquad ([a,b],[c,d]\in \mathbb{Z})\]
により定めるとき,$\psi$を乗法という.また,$[a,b],[c,d]\in \mathbb{Z}$に対し,$\psi ([a,b],[c,d])$を$[a,b]$と$[c,d]$の積といい,$[a,b]\times [c,d]$で表す.
定義6,定義7,定義8では,加法・減法・乗法を同値類の演算として定義したが,これは同値類の代表元の取り方に依らず,well-definedであることが確かめられる.
ここで,整数の表記について改めよう.つまり,馴染みのある
\[ 0,\pm 1,\pm 2,\pm 3,\dots \]
のような表記を導入する.
$[a,b]\in \mathbb{Z}$とする.
- $a>b$のとき,ある$n\in \mathbb{N}$がただ1つ存在し,$[a,b]=[n,0]$となる.このとき,$[a,b]$を$n$で表す.
- $a=b$のとき,$[a,b]$を$0$で表す.
- $a<b$のとき,ある$n\in \mathbb{N}$がただ1つ存在し,$[a,b]=[0,n]$となる.このとき,$[a,b]$を$-n$で表す.
この表記を用いることで,より簡潔に整数を表現することができるようになり,$\mathbb{N}\subset \mathbb{Z}$という包含関係を確認することができるようになる.
整数の加法,乗法についても以下の性質が成り立つが,整数では和の逆元が存在する(減法が定義可能)という性質がある.
任意の$l,m,n\in \mathbb{Z}$に対し,次が成り立つ.
- (和の交換法則)$m+n=n+m$
- (和の結合法則)$(l+m)+n=l+(m+n)$
- (和の単位元の存在)$n+0=0+n=n$
- (和の逆元の存在)$n+(-n)=(-n)+n=0$
- (積の交換法則)$mn=nm$
- (積の結合法則)$(lm)n=l(mn)$
- (積の単位元の存在)$n\times 1=1\times n=n$
- (分配法則)$l(m+n)=lm+ln,(l+m)n=ln+mn$
- (和の単位元と積の単位元の不一致)$0\neq 1$
命題3の①,②,③,④より,$\mathbb{Z}$は加法に関して可換群であることが分かる.また,⑤,⑥,⑦,⑧と合わせると,$\mathbb{Z}$は加法と乗法に関して可換環であることが分かる.特に,⑨は$\mathbb{Z}$が零環でないことを保証している.この性質から,$\mathbb{Z}$を整数環(ring of integers)ということもある.
また,整数の大小関係は次のように定める.
$\mathbb{Z}$上の二項関係$\le$を
\[ \le \coloneqq \{ (a,b)\in \mathbb{Z}^2\mid \exists c\in \mathbb{N},a+c=b\} \]
により定めると,$\le$は$\mathbb{Z}$の広義全順序であり,$\le$の逆順序を$\ge$で表す.すなわち,$m,n\in \mathbb{Z}$に対し
\[ m\le n\iff n\ge m\]
である.$m,n\in \mathbb{Z}$に対し,$m\le n$であるとき,「$m$小なりイコール$n$」と読み,$m$は$n$以下であるという.また,$m\ge n$であるとき,「$m$大なりイコール$n$」と読み,$m$は$n$以上であるという.
$\mathbb{Z}$上の二項関係$<$を
\[ < \coloneqq \{ (a,b)\in \mathbb{Z}^2\mid \exists c\in \mathbb{N}\setminus \{ 0\} ,a+c=b\} \]
により定めると,$<$は$\mathbb{Z}$の狭義順序であり,$<$の逆順序を$>$で表す.すなわち,$m,n\in \mathbb{Z}$に対し
\[ m<n\iff n>m\]
である.$m,n\in \mathbb{Z}$に対し,$m<n$であるとき,「$m$小なり$n$」と読み,$m$は$n$より小さいという.また,$m>n$であるとき,「$m$大なり$n$」と読み,$m$は$n$より大きいという.
これで整数の環境はある程度整ったが,有理数の定義のために用いるため,整数の絶対値を定めておく.
$n\in \mathbb{Z}$に対し,$n$の絶対値(absolute value)(または母数(modulus))$|n|$を次のように定める.
\[ |n|\coloneqq \begin{cases}n&(n\ge 0)\\ -n&(n<0)\end{cases}\]
有理数
有理数は,整数$m$と$0$でない整数$n$を用いて$\dfrac{m}{n}$と表すことのできる数である.この定義はもちろん正しいが,このままでは分数表記の意味が不明確であるため,形式的には次のように$\mathbb{Q}$を定義する.
$\mathbb{Z}\times \mathbb{Z}\setminus \{ 0\}$上の二項関係$\sim$を
\[ \sim \coloneqq \{ ((a,b),(c,d))\in (\mathbb{Z}\times \mathbb{Z}\setminus \{ 0\} )\times (\mathbb{Z}\times \mathbb{Z}\setminus \{ 0\})\mid ad=bc\} \]
により定める.このとき,$\sim$は$\mathbb{Z}\times \mathbb{Z}\setminus \{ 0\}$上の同値関係であり,商集合$(\mathbb{Z}\times \mathbb{Z}\setminus \{ 0\})/\sim$を$\mathbb{Q}$で表す.また,$\mathbb{Q}$の元を有理数(rational number)という.
以下,$(m,n)\in \mathbb{Z}\times \mathbb{Z}\setminus { 0}$の$\sim$に関する同値類を$\dfrac{m}{n}$で表すことにする.これは,通常の分数表記と同一であると解釈してよい.
$\mathbb{Q}$の演算として加法と減法と乗法と除法が定義されており,形式的には次のように定義する.
$\mathbb{Q}$上の演算$\phi :\mathbb{Q}\times \mathbb{Q}\to \mathbb{Q}$を
\[ \phi \left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\right) =\dfrac{ad+bc}{bd}\qquad \left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}\right) \]
により定めるとき,$\phi$を加法という.また,$\dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}$に対し,$\phi \left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\right)$を$\dfrac{a}{b}$と$\dfrac{c}{d}$の和といい,$\dfrac{a}{b}+\dfrac{c}{d}$で表す.
$\mathbb{Q}$上の演算$\phi ^{\prime}:\mathbb{Q}\times \mathbb{Q}\to \mathbb{Q}$を
\[ \phi ^{\prime}\left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\right) =\dfrac{ad-bc}{bd}\qquad \left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}\right) \]
により定めるとき,$\phi ^{\prime}$を減法という.また,$\dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}$に対し,$\phi ^{\prime}\left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\right)$を$\dfrac{a}{b}$の$\dfrac{c}{d}$による差といい,$\dfrac{a}{b}-\dfrac{c}{d}$で表す.
$\mathbb{Q}$上の演算$\psi :\mathbb{Q}\times \mathbb{Q}\to \mathbb{Q}$を
\[ \psi \left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\right) =\dfrac{ac}{bd}\qquad \left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}\right) \]
により定めるとき,$\psi$を乗法という.また,$\dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}$に対し,$\psi \left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\right)$を$\dfrac{a}{b}$と$\dfrac{c}{d}$の積といい,$\dfrac{a}{b}\times \dfrac{c}{d}$で表す.
$\mathbb{Q}$上の演算$\psi ^{\prime}:\mathbb{Q}\times (\mathbb{Q}\setminus \{ 0\} )\to \mathbb{Q}$を
\[ \psi ^{\prime}\left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\right) =\dfrac{ad}{bc}\qquad \left( \dfrac{a}{b}\in \mathbb{Q},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}\setminus \{ 0\} \right) \]
により定めるとき,$\psi ^{\prime}$を除法(または割り算,除算)(division)という.また,$\dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}$に対し,$\psi ^{\prime}\left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\right)$を$\dfrac{a}{b}$の$\dfrac{c}{d}$による商(quotient)といい,$\dfrac{a}{b}\div \dfrac{c}{d}$で表す.
定義13,定義14,定義15,定義16では,加法・減法・乗法・除法を同値類の演算として定義したが,これは同値類の代表元の取り方に依らず,well-definedであることが確かめられる.
ここで,有理数の表記について改めよう.整数の分数表記について議論するために,約分について定義する.
$\dfrac{m}{n}\in \mathbb{Q}$に対し,ある$k,m^{\prime}\in \mathbb{Z}$及び$n^{\prime}\in \mathbb{N}$が存在し,$m=km^{\prime},n=kn^{\prime}$となる.このような$|k|$の最大値が$1$であるとき,$\dfrac{m}{n}$を既約分数(irreducible fraction)という.また,$q\in \mathbb{Q}$を既約分数で表すことを,$q$を約分(または簡約)(reduction)するという.
分数表記は同値類として定義されている.$\dfrac{m}{n}\in \mathbb{Q}$を約分すると$\dfrac{m^{\prime}}{n^{\prime}}\in \mathbb{Q}$になるとき,実は$\dfrac{m}{n}=\dfrac{m^{\prime}}{n^{\prime}}$であることが確認できる.
また,細かい表記についても述べておくと,$\dfrac{p}{q}\in \mathbb{Q}$を約分すると$\dfrac{n}{1}\in \mathbb{Q}$となるとき,$\dfrac{p}{q}$を$n$で表す.さらに,$\dfrac{p}{q}\in \mathbb{Q}$について,$p<0$かつ$q>0$であるとき,$\dfrac{p}{q}$を$-\dfrac{-p}{q}$で表す.
この表記を用いることで,より簡潔に有理数を表現することができるようになり,$\mathbb{Z}\subset \mathbb{Q}$という包含関係を確認することができるようになる.
整数の加法,乗法についても以下の性質が成り立つが,$0$でない有理数に対しては積の逆元が存在する(除法が定義可能)という性質がある.
任意の$p,q,r\in \mathbb{Q}$に対し,次が成り立つ.
- (和の交換法則)$p+q=q+p$
- (和の結合法則)$(p+q)+r=p+(q+r)$
- (和の単位元の存在)$p+0=0+p=p$
- (和の逆元の存在)$p+(-p)=(-p)+p=0$
- (積の交換法則)$pq=qp$
- (積の結合法則)$(pq)r=p(qr)$
- (積の単位元の存在)$p\times 1=1\times p=p$
- (積の逆元の存在)$p\neq 0$のとき,$p\times \dfrac{1}{p}=\dfrac{1}{p}\times p=1$
- (分配法則)$p(q+r)=pq+pr,(p+q)r=pr+qr$
- (和の単位元と積の単位元の不一致)$0\neq 1$
命題4の①~⑨より,$\mathbb{Q}$は加法と乗法に関して体であることが分かる.この性質から,$\mathbb{Q}$を有理数体(field of rationals, field of rational numbers)ということもある.特に,命題4の10個の性質は,実数の公理のうち,四則演算に関する10個の性質と一致する.


また,有理数の大小関係は次のように定める.
$\mathbb{Q}$上の二項関係$\le$を
\[ \le \coloneqq \{ \left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\right) \in \mathbb{Q}^2\mid ad\le bc\} \]
により定めると,$\le$は$\mathbb{Q}$の広義全順序であり,$\le$の逆順序を$\ge$で表す.すなわち,$\dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}$に対し
\[ \frac{a}{b}\le \frac{c}{d}\iff \frac{c}{d}\ge \frac{a}{b}\]
である.$\dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}$に対し,$\dfrac{a}{b}\le \dfrac{c}{d}$であるとき,「$\dfrac{a}{b}$小なりイコール$\dfrac{c}{d}$」と読み,$\dfrac{a}{b}$は$\dfrac{c}{d}$以下であるという.また,$\dfrac{a}{b}\ge \dfrac{c}{d}$であるとき,「$\dfrac{a}{b}$大なりイコール$\dfrac{c}{d}$」と読み,$\dfrac{a}{b}$は$\dfrac{c}{d}$以上であるという.
$\mathbb{Q}$上の二項関係$<$を
\[ <\coloneqq \{ \left( \dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\right) \in \mathbb{Q}^2\mid ad<bc\} \]
により定めると,$<$は$\mathbb{Q}$の狭義順序であり,$<$の逆順序を$>$で表す.すなわち,$\dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}$に対し
\[ \frac{a}{b}<\frac{c}{d}\iff \frac{c}{d}>\frac{a}{b}\]
である.$\dfrac{a}{b},\dfrac{c}{d}\in \mathbb{Q}$に対し,$\dfrac{a}{b}<\dfrac{c}{d}$であるとき,「$\dfrac{a}{b}$小なり$\dfrac{c}{d}$」と読み,$\dfrac{a}{b}$は$\dfrac{c}{d}$より小さいという.また,$\dfrac{a}{b}>\dfrac{c}{d}$であるとき,「$\dfrac{a}{b}$大なり$\dfrac{c}{d}$」と読み,$\dfrac{a}{b}$は$\dfrac{c}{d}$より大きいという.
ここまで,自然数,整数,有理数を形式的に構成してきた.実数は有理数の拡張として同様に形式的に構成することができるが,それには有理コーシー列の完備化で構成する方法と,デデキント切断により構成する方法の大きく2種類がある.これについては別記事に委ねることにする.
参考文献
この記事を含め,「微分積分学」のカテゴリーに属する記事は,以下の書籍・PDFファイル・Webサイトを参考文献としています(それぞれの記事について,以下に掲載していない参考文献がある場合は,逐一掲載しています).
書籍
- 杉浦光夫, 『解析入門I』, 基礎数学2, 東京大学出版会, 1980年.
- 杉浦光夫, 『解析入門II』, 基礎数学3, 東京大学出版会, 1985年.
- 杉浦光夫, 清水英男, 金子晃, 岡本和夫, 『解析演習』, 基礎数学7, 東京大学出版会, 1989年.
- 高木貞治, 『定本 解析概論』, 岩波書店, 2010年.
- 松坂和夫, 『解析入門 上』, 松坂和夫 数学入門シリーズ, 新装版, 岩波書店, 2018年.
- 松坂和夫, 『解析入門 中』, 松坂和夫 数学入門シリーズ, 新装版, 岩波書店, 2018年.
- 松坂和夫, 『解析入門 下』, 松坂和夫 数学入門シリーズ, 新装版, 岩波書店, 2018年.
- 藤岡敦, 『手を動かしてまなぶ ε-δ論法』, 裳華房, 2021年.
- 藤岡敦, 『手を動かしてまなぶ 微分積分』, 裳華房, 2019年.
- 志賀浩二, 『微分・積分30講』, 数学30講シリーズ1, 新装改版, 朝倉書店, 2024年.
- 齋藤正彦, 『齋藤正彦 微分積分学』, 東京図書, 2006年.
- 加藤文元, 『大学教養 微分積分』, 数研講座シリーズ, 数研出版, 2019年.
- 『大学教養 微分積分』, 加藤文元(監修), 数研出版編集部(編著), チャート式シリーズ, 数研出版, 2019年.
- 小寺平治, 『明解演習 微分積分』, 明解演習シリーズ2, 共立出版, 1984年.
PDFファイル
- 石本健太, 「講義ノート『微分積分学』」, 2020年, https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~ishimoto/files/note_calculus.pdf.
- 黒田紘敏, 「微分積分学入門」, 2024年, https://www7b.biglobe.ne.jp/~h-kuroda/pdf/text_calculus.pdf.
- 吉田伸生, 「微分積分学」, 2007年, https://ocw.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2021/04/2010_bibunsekibungakuA.pdf.
- 西谷達雄, 「解析学」, http://www4.math.sci.osaka-u.ac.jp/~nishitani/calculus.pdf.
- 松澤寛, 「解析学の基礎(実数の連続性から定積分の存在まで)」, https://www.sci.kanagawa-u.ac.jp/math-phys/hmatsu/BasicAnalysis.pdf.
- 川端茂徳, 「解析学入門」, 2002年, https://www.fit.ac.jp/elec/7_online/calculus.pdf.
- 中西敏浩, 「およそ100ページで学ぶ微分積分学」, 2021年, https://www.math.shimane-u.ac.jp/~tosihiro/basiccalculus.pdf.
Webサイト
- Mathpedia, https://math.jp(旧版:https://old.math.jp).
- 数学の景色, https://mathlandscape.com.
- 高校数学の美しい物語, https://manabitimes.jp/math.
- KIT数学ナビゲーション, https://w3e.kanazawa-it.ac.jp/math.
- Wikipedia, https://ja.wikipedia.org(英語版:https://en.wikipedia.org).
- Wolfram MathWorld, https://mathworld.wolfram.com.
- Mathlog, https://mathlog.info.
- “topics on calculus”, PlanetMath, https://planetmath.org/TopicsOnCalculus.
追記
- 雪江明彦, 『代数学1 群論入門』, 第2版, 日本評論社, 2023年.
- 雪江明彦, 『代数学1 群論入門』, 日本評論社, 2010年.
- 桂利行, 『代数学I 群と環』, 大学数学の入門①, 東京大学出版会, 2004年.
- 永井保成, 『代数学入門: 群・環・体の基礎とガロワ理論』, 森北出版, 2024年.
- 新妻弘, 木村哲三, 『群・環・体入門』, 共立出版, 1999年.
- 齋藤正彦, 『数学の基礎: 集合・数・位相』, 基礎数学14, 東京大学出版会, 2002年.
- 雪江明彦, 「私の教科書の用語について」, 2012年, http://www.math.tohoku.ac.jp/~yukie/errata/Alg/yougo.pdf.
- 原隆, 「実数の構成に関するノート」, 2018年, https://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~hara/lectures/08/realnumbersv2.pdf.
- なかけんの「数の構成」ノート, https://note.nakaken88.com/construction-of-numbers.