実数とは,ある17個の性質が成り立つ数の集合のことである.ここでは,そのうち実数の連続性に関わる性質について詳しく扱う.


実数の公理
日本の数学教育においては,算数で正の整数や$0$,正の有理数,円周率を教わり,中学数学で負の整数や負の有理数,無理数(特に平方根)を教わり,高校数学で「実数」という用語が登場し,平方根以外の無理数(特に三角関数や対数,ネイピア数)を教わる.さらに,高校数学では複素数についても教わる.
そんな数の集合を厳密に定義するのは容易なことではない.実際にはペアノの公理によって自然数を構成するところから始める必要がある.しかし,これは数学基礎論や集合論で論じられることである.この記事では(実数の厳密な定義について少しだけ述べるものの),解析学の観点から実数について解説する.そのため,実数の存在を認めるところから議論を始めることとする.
さて,解析学の立場では,実数全体の集合$\mathbb{R}$を,いくつかの性質を満たすものとして,その存在を認めることが多い.この記事では,以下の公理1を「実数の公理」と呼ぶことにする.
次の17個の性質をすべて満たす集合$\mathbb{R}$の元を実数(real number)という.
- $\forall x,y\in \mathbb{R},x+y=y+x$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(x+y)+z=x+(y+z)$
- $\exists 0\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x+0=0+x=x$
- $\forall x\in \mathbb{R},\exists -x\in \mathbb{R},x+(-x)=0$
- $\forall x,y\in \mathbb{R},xy=yx$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},(xy)z=x(yz)$
- $\exists 1\in \mathbb{R},\forall x\in \mathbb{R},x1=1x=x$
- $\forall x\in \mathbb{R}\backslash \{ 0\} ,\exists x^{-1}\in \mathbb{R},xx^{-1}=1$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R},x(y+z)=xy+xz$
- $0\neq 1$
- $\forall x\in \mathbb{R},x\le x$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[[x\le y\land y\le x]\implies x=y]$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R}[[x\le y\land y\le z]\implies x\le z]$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[x\le y\lor y\le x]$
- $\forall x,y,z\in \mathbb{R}[x\le y\implies x+z\le y+z]$
- $\forall x,y\in \mathbb{R}[[0\le x\land 0\le y]\implies 0\le xy]$
- $\forall X\subset \mathbb{R}[[X\neq \emptyset \land [\exists M\in \mathbb{R},\forall x\in X,x\le M]]\implies \exists \alpha \in \mathbb{R}[[\forall x\in X,x\le \alpha ]\land [\forall \varepsilon \in \mathbb{R}[[\varepsilon \neq 0\land 0\le \varepsilon ]\implies [\exists x\in X[\alpha -\varepsilon \neq x\land \alpha -\varepsilon \le x]]]]]]$
公理1は論理記号のみを用いて書かれているため,非常に分かりづらい.これらを論理記号を用いずに日本語で記述すると,次のようになる.
- 任意の実数$x,y$に対し,$x+y=y+x$
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$(x+y)+z=x+(y+z)$
- 任意の実数$x$に対し,$x+0=0$となる実数$0$が存在する.
- 任意の実数$x$に対し,$x+(-x)=0$となる実数$-x$が存在する.
- 任意の実数$x,y$に対し,$xy=yx$
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$(xy)z=x(yz)$
- 任意の実数$x$に対し,$x1=x$となる実数$1$が存在する.
- 任意の$0$でない実数$x$に対し,$xx^{-1}=1$となる実数$x^{-1}$が存在する.
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$x(y+z)=xy+xz$
- $0$と$1$は異なる.
- 任意の実数$x$に対し,$x\le x$
- 任意の実数$x,y$に対し,($x\le y$かつ$y\le x$)ならば$x=y$
- 任意の実数$x,y,z$に対し,($x\le y$かつ$y\le z$)ならば$x\le z$
- 任意の実数$x,y$に対し,$x\le y$と$y\le x$の少なくとも一方が成り立つ.
- 任意の実数$x,y,z$に対し,$x\le y$ならば$x+z\le y+z$
- 任意の実数$x,y$に対し,($0\le x$かつ$0\le y$)ならば$0\le xy$
- 任意の空でない上に有界な集合$X\subset \mathbb{R}$に対し,$X$の上限が存在する.
連続の公理
実数の公理の17番目の公理は,連続の公理(least-upper-bound property)(または上限性質,ワイエルシュトラスの公理)と呼ばれる.この公理は実数の公理の中で最も複雑であるが,解析学の立場からは最も重要と言っても良いかもしれない.というのも,連続の公理は様々な極限の存在を保証してくれる.また,連続の公理と同値な命題が複数存在しており,その証明は難解なものが多い.
連続の公理について理解する前に,$\mathbb{R}$の部分集合における最大値と最小値,上界と下界,上限と下限を確認しておく必要がある.詳細は以下の記事を参照するとよい.
- $\forall X\subset \mathbb{R}[[X\neq \emptyset \land [\exists M\in \mathbb{R},\forall x\in X,x\le M]]\implies \exists \alpha \in \mathbb{R}[[\forall x\in X,x\le \alpha ]\land [\forall \varepsilon \in \mathbb{R}[[\varepsilon \neq 0\land 0\le \varepsilon ]\implies [\exists x\in X[\alpha -\varepsilon \neq x\land \alpha -\varepsilon \le x]]]]]]$
先で定義した用語を用いて,論理記号を用いずに書くと,次のようになる.
- 任意の空でない上に有界な集合$X\subset \mathbb{R}$に対し,$X$の上限が存在する.
具体例で確認してみよう.
集合$A$を次のように定める.
\[ A=\left\{ \frac{1}{m}+\frac{1}{n}\middle| m,n\in \mathbb{N}\right\} \]
まず,$A$は明らかに空でない$\mathbb{R}$の部分集合である.
また,$A$は上に有界である.実際,任意の$n\in \mathbb{N}$に対し,$1\le n$であるから,$\dfrac{1}{n}\le 1$となる.よって,任意の$m,n\in \mathbb{N}$に対し,$\dfrac{1}{m}+\dfrac{1}{n}\le 1+1=2$であるから,$2$は$A$の上界である.
このとき,$A$の上限は$2$である.まず,先の議論より$2$は$A$の上界である.また,任意の$0<\varepsilon <2$に対し,$N<\dfrac{2}{2-\varepsilon }$なる$N\in \mathbb{N}$が存在し,$2-\varepsilon <\dfrac{2}{N}=\dfrac{1}{N}+\dfrac{1}{N}$となる.さらに,任意の$\varepsilon \ge 2$に対し,$2-\varepsilon \le 0$であるから,任意の$N\in \mathbb{N}$に対し,$2-\varepsilon <\dfrac{1}{N}+\dfrac{1}{N}$となる.以上より,任意の$\varepsilon >0$に対し,ある$a\in A$が存在し,$2-\varepsilon <a$となる.
連続の公理は「公理」であるから,本来は成り立つことを認めるものである.しかし,連続の公理が成り立っていることを直感的に確認するということは,実数に連続の公理を認めることを理解するうえで重要である.
連続の公理は$\mathbb{R}$を決定づける重要な公理である.実際,順序体$\mathbb{Q}$について,この公理は成り立つとは限らない.
集合$B$を次のように定める.
\[ B=\{ x\in \mathbb{Q}\mid x>0,x^2<2\} \]
このとき,$B$の上限は$\mathbb{Q}$上に存在しないことを示す.$p\in \mathbb{Q}$が$B$の上限であるとすると,$0<\varepsilon <p$となる任意の$\varepsilon \in \mathbb{Q}$に対し,ある$x\in B$が存在し,$0<p-\varepsilon <x$となる.また
\[ (p-\varepsilon)^2<x^2<2\]
このとき,$p^2=2$である.
実際,$p^2<2$と仮定すると,
$0<p^2\le \dfrac{2}{9}$のとき,$0<p<\dfrac{1}{2}$である.これは,$p\ge \dfrac{1}{2}$のとき
\[ p^2\ge \left( \dfrac{1}{2}\right) ^2=\dfrac{1}{4}>\dfrac{2}{9}\]
であることから従う.このとき,$-2<p-2<-\dfrac{3}{2}$であるから$(p-2)^2>\left( \dfrac{3}{2}\right) ^2=\dfrac{9}{4}>2$であり
\[ \begin{aligned}\left( p+\dfrac{2-p^2}{2}\right) ^2&=p^2+p(2-p^2)+\left( \dfrac{2-p^2}{2}\right) ^2\\ &=p^2+(2-p^2)\left( p+\dfrac{2-p^2}{4}\right) \\ &=p^2+(2-p^2)\left( \dfrac{6-(p-2)^2}{4}\right) \\ &<p^2+(2-p^2)\cdot \dfrac{6-2}{4}=2\end{aligned}\]
であるから,$p+\dfrac{2-p^2}{2}>p+\dfrac{2-2}{2}=p>0$より$p+\dfrac{2-p^2}{2}\in B$となるが,これは$p$が$B$の上限であることに矛盾する.
また,$\dfrac{2}{9}<p^2<2$のとき
\[ \begin{aligned}\left( p+\dfrac{2-p^2}{4p}\right) ^2&=p^2+\dfrac{2-p^2}{2}+\left( \dfrac{2-p^2}{4p}\right) ^2\\ &=p^2+\dfrac{2-p^2}{2}\left( 1+\dfrac{2-p^2}{8p^2}\right) \\ &=p^2+\dfrac{2-p^2}{2}\left( \dfrac{7}{8}+\dfrac{1}{4p^2}\right) \\ &<p^2+\dfrac{2-p^2}{2}\cdot \left( \dfrac{7}{8}+\dfrac{9}{8}\right) =2\end{aligned}\]
であるから,$p+\dfrac{2-p^2}{4p}>p+\dfrac{2-2}{4p}=p>0$より$p+\dfrac{2-p^2}{4p}\in B$となるが,これは$p$が$B$の上限であることに矛盾する.
また,$p^2>2$と仮定すると,$p-\dfrac{p^2-2}{2}<x$となる$x\in B$が存在する.$0<p^2\le \dfrac{2}{9}$のとき,同様に$(p-2)^2>2$であり
\[ \left( p-\dfrac{p^2-2}{2}\right) ^2=p^2-(p^2-2)\left( \dfrac{6-(p-2)^2}{4}\right) >2\]
であるから,$x^2>\left( p-\dfrac{p^2-2}{2}\right) ^2>2$より$x\not\in B$となり矛盾する.
また,$\dfrac{2}{9}<p^2<2$のとき
\[ \left( p-\dfrac{p^2-2}{4p}\right) ^2=p^2-\dfrac{p^2-2}{2}\left( \dfrac{7}{8}+\dfrac{1}{4p^2}\right) >2\]
であるから,$x^2>\left( p-\dfrac{p^2-2}{4p}\right) ^2>2$より$x\not\in B$となり矛盾する.
ここで,$p^2=2$を満たす正の有理数$p$が存在すると仮定すると,$p$は$n\neq 0$となる$m,n\in \mathbb{N}$を用いて$p=\dfrac{m}{n}$と表すことができる.このとき
\[ 2=p^2=\left( \frac{m}{n}\right) ^2=\frac{m^2}{n^2}\]
すなわち
\[ m^2=2n^2\]
となるが,左辺は素因数$2$を偶数個持ち,右辺は素因数$2$を奇数個持つから矛盾する.よって,$p\in \mathbb{Q}$であるから,$B$は$\mathbb{Q}$において上限を持たない.
連続の公理と同値な命題
連続の公理と同値な命題はたくさん存在し,いずれもその証明が難解である.
次の命題は互いに同値である.
- 連続の公理(上限性質)
- 有界単調数列の収束定理
- アルキメデスの原理・区間縮小法
- ボルツァーノ・ワイエルシュトラスの定理
- アルキメデスの定理・コーシー列の収束性
- デデキントの公理
- 中間値の定理
- 最大値の定理
- ロルの定理
- (ラグランジュの)平均値の定理
- コーシーの平均値の定理
- ハイネ・ボレルの被覆定理
これらの証明は,以下の記事で詳しく解説している.