集合とその演算の構造についてとらえるために非常に重要で抽象的な概念である群について徹底的に解説する.
群の定義
演算
群とは,ある条件を満たす,演算が定義された集合のことを指す概念である.まずは演算について確認する.
$S$を集合とする.写像$\phi :S\times S\to S$を$S$上の二項演算(binary operation, dyadic operation)(または乗法)といい,$S$を$\phi$の台集合(underlying set)という.また,$x,y\in S$に対し,$\phi (x,y)$を$x$と$y$の積(または結合)といい,$x\phi y$(または単に$xy$)で表す.
逆に,$S\times S$を定義域とする写像$\psi$が$S$上の二項演算であるとき,$S$は$\psi$について閉じているという.
この記事を含め,「群論・環論・体論」カテゴリーの記事では,「乗法」や「積」といった用語や記号などは一般の集合上の演算に対して用いることとする.通常の($\mathbb{C}$上の)「乗法」や「積」とは異なる概念を表していることに注意が必要である.
$S$を集合,$\phi$を二項演算とする.群や群に類似した概念の定義を考えるとき,次の4つの性質を軸に考えるとよい.
- (全域性(closure property)) $S$は$\phi$について閉じている
すなわち,任意の$a,b\in S$に対し,$ab\in S$が成り立つ - (結合的(associativity)) 任意の$a,b,c\in S$に対し,$(ab)c=a(bc)$が成り立つ1
- (単位的(identity)) ある$e\in S$が存在し,任意の$a\in S$に対し,$ae=ea=a$となる
- (可逆的(invertibility)) 任意の$a,b\in S$に対し,ある$x,y\in S$が存在し,$ax=b,ya=b$となる
群と類似の代数的構造
マグマ
全域性のみを満たす集合はマグマと呼ばれている.
$M$を集合,$\phi$を二項演算とする.$M$が$\phi$について閉じているとき,$M$を$\phi$に関するマグマ(magma)という.
半群
結合的であるマグマは半群と呼ばれている.
$S$を集合,$\phi$を二項演算とする.次の2つの条件をすべて満たすとき,$S$を$\phi$に関する半群(semigroup)という.
- $S$は$\phi$について閉じている.
- (結合法則(associative law)) 任意の$a,b,c\in S$に対し,$(ab)c=a(bc)$が成り立つ.
モノイド
単位的である半群はモノイドと呼ばれている.
$S$を集合,$\phi$を二項演算とする.次の3つの条件をすべて満たすとき,$S$を$\phi$に関するモノイド(または単系)(monoid)という.
- $S$は$\phi$について閉じている.
- (結合法則(associative law)) 任意の$a,b,c\in S$に対し,$(ab)c=a(bc)$が成り立つ.
- 単位元(identity element)(または中立元(neutral element))$e\in S$が存在し,任意の$a\in S$に対し,$ae=ea=a$が成り立つ.
群
そして,可逆的であるモノイドは群と呼ばれている.
$G$を集合,$\phi$を二項演算とする.次の3つの条件をすべて満たすとき,$G$を$\phi$に関する群(group)という.
- $G$は$\phi$について閉じている.
- (結合法則(associative law)) 任意の$a,b,c\in G$に対し,$(ab)c=a(bc)$が成り立つ.
- 単位元(identity element)(または中立元(neutral element))$e\in G$が存在し
- 任意の$a\in G$に対し,$ae=ea=a$が成り立つ.
- 任意の$a\in G$に対し,$a$の逆元(inverse element)$b$が存在し,$ab=ba=e$となる.
群の条件には交換法則は含まれない.交換法則を満たす群は可換群と呼ばれている.
$G$を二項演算$\phi$に関する群とする.次の条件を満たすとき,$G$を$\phi$に関する可換群(commutative group)(またはアーベル群(abelian group),加法群2(additive group),加群3(module))という.
- (交換法則(commutative law)) 任意の$a,b\in G$に対し,$ab=ba$が成り立つ.
$a,b\in G$とする.可換群$G$に対し,$a$と$b$の積$ab$を$a$と$b$の和(sum)ともいい,$a+b$とも表す.このとき,$G$の単位元を$0_G$(または単に$0$)で表す.
また,可換群でない群を非可換群(non-commutative group)(または非アーベル群(non-abelian group))という.
この記事を含め,「群論・環論・体論」カテゴリーの記事では,「和」や「$0$」といった用語や記号などは一般の集合上の演算に対して用いることとする.通常の($\mathbb{C}$上の)「和」や「$0$」とは異なる概念を表していることに注意が必要である.
群の元の個数についても整理しておく.
$G$を群とする.ある$n\in \mathbb{N}$が存在し,$G$の元の個数が$n$個であるとき,$G$を有限群(finite group)という.また,$n$を$G$の位数(order)といい,$|G|$で表す.
有限群でない群を無限群(infinite group)という.
「位数」は群に対する用語であり,一般の集合に対して定義されている概念ではない.
定義5,定義6,定義7を具体例を通して確認しよう.
$\mathbb{Z,Q,R,C}$は通常の加法に関する可換群である.
例えば,$\mathbb{Z}$は次の4つの条件
- $\mathbb{Z}$は通常の加法について閉じている.
- 任意の$a,b,c\in \mathbb{Z}$に対し,$(a+b)+c=a+(b+c)$が成り立つ.
- $0\in \mathbb{Z}$であり
- 任意の$a\in \mathbb{Z}$に対し,$a+0=0+a=a$が成り立つ.
- 任意の$a\in \mathbb{Z}$に対し,$-a\in \mathbb{Z}$が存在し,$a+(-a)=(-a)+a=0$となる.
- 任意の$a,b\in \mathbb{Z}$に対し,$a+b=b+a$が成り立つ.
をすべて満たすから,通常の加法に関して可換群であり,無限群である.
$\mathbb{Q}\setminus \{ 0\} ,\mathbb{R}\setminus \{ 0\} ,\mathbb{C}\setminus \{ 0\} $は通常の乗法に関する可換群である.
例えば,$\mathbb{Q}\setminus \{ 0\} $は次の4つの条件
- $\mathbb{Q}\setminus \{ 0\} $は通常の乗法について閉じている.
- 任意の$a,b,c\in \mathbb{Q}\setminus \{ 0\} $に対し,$(ab)c=a(bc)$が成り立つ.
- $1\in \mathbb{Q}\setminus \{ 0\} $であり
- 任意の$a\in \mathbb{Q}\setminus \{ 0\} $に対し,$a1=1a=a$が成り立つ.
- 任意の$a\in \mathbb{Q}\setminus \{ 0\} $に対し,$\dfrac{1}{a}\in \mathbb{Q}\setminus \{ 0\} $が存在し,$a\dfrac{1}{a}=\dfrac{1}{a}a=1$となる.
- 任意の$a,b\in \mathbb{Q}\setminus \{ 0\} $に対し,$ab=ba$が成り立つ.
をすべて満たすから,通常の乗法に関して可換群であり,無限群である.
$\{ e\}$上の演算$\phi$を$ee=e$で定めるとき,$\{ e\}$は$\phi$に関する可換群である.実際,$e$はこの群の単位元であり,$e$の逆元は$e$である.
また,$\{ e\}$は有限群であり,位数は$1$である.
$\{ x,y\}$上の演算$\phi$を$xx=yy=x,xy=yx=y$で定めるとき,$\{ x,y\}$は$\phi$に関する可換群である.実際,$x$はこの群の単位元であり,$x$の逆元は$x$,$y$の逆元は$y$である.
また,$\{ x,y\}$は有限群であり,位数は$2$である.
実数を成分とする$n\times n$の正則行列全体の集合$\mathrm{GL}_n(\mathbb{R})$は,行列の積に関して群である4.
実際,単位行列$E_n$はこの群の単位元であり,$A\in \mathrm{GL}_n(\mathbb{R})$の逆元は$A^{-1}$である.
ただし,行列の積について交換法則は成り立たないから,$\mathrm{GL}_n(\mathbb{R})$は可換群でない.
中でも重要な群には名前がつけられている.詳しい解説は個別の記事を参照するとよい.
群の基本性質
単位元と逆元の一意性は極めて重要で基本的な性質である.
$G$を群とする.
- $G$の単位元は一意的である.
- 任意の$a\in G$に対し,$a$の逆元は一意的である.
- $e,e^{\prime}\in G$を$G$の単位元とすると
\[ e\stackrel{e^{\prime}は単位元}{=}ee^{\prime}\stackrel{eは単位元}{=}e^{\prime}\]
したがって,示された.$\blacksquare$ - $b,c\in G$を$a$の逆元とすると
\[ b=be=b(ac)=(ba)c=ec=c\]
したがって,示された.$\blacksquare$
命題1の②より,逆元の表記を導入する.
$G$を群とする.$a\in G$の逆元を$a^{-1}$で表す.
次に,逆元の性質を示す.
$G$を群とするとき,次が成り立つ.
- 任意の$a,b\in G$に対し,$(ab)^{-1}=b^{-1}a^{-1}$
- 任意の$a\in G$に対し,$(a^{-1})^{-1}=a$
- 結合法則より
\[ (ab)(b^{-1}a^{-1})=(a(bb^{-1}))a^{-1}=(ae)a^{-1}=aa^{-1}=e\]
\[ (b^{-1}a^{-1})(ab)=(b^{-1}(a^{-1}a))b=(b^{-1}e)b=b^{-1}b=e\]
であることから従う.$\blacksquare$ - $a^{-1}a=aa^{-1}=e$より$a$は$a^{-1}$の逆元であることから従う.$\blacksquare$
また,次の2つの性質も重要である.
$G$を群とする.任意の$a,b,c\in G$に対し,次が成り立つ.
- (左簡約性質(left cancellation property)) $ab=ac$ならば$b=c$
- (右簡約性質(right cancellation property)) $ac=bc$ならば$a=b$
- $ab=ac$の両辺に左から$a^{-1}$を掛けると$a^{-1}ab=a^{-1}ac$を得るから
\[ b=eb=a^{-1}ab=a^{-1}ac=ec=c\]
が従う.$\blacksquare$ - $ac=bc$の両辺に右から$c^{-1}$を掛けると$acc^{-1}=bcc^{-1}$を得るから
\[ a=ae=acc^{-1}=bcc^{-1}=be=b\]
が従う.$\blacksquare$
$G$を群とする.$a,b,c\in G$が$ab=c$を満たすとき,$b=a^{-1}c,a=cb^{-1}$である.
$ab=c$の両辺に左から$a^{-1}$を掛けると$b=eb=a^{-1}ab=a^{-1}c$が従う.$\blacksquare$
また,$ab=c$の両辺に右から$b^{-1}$を掛けると$a=ae=abb^{-1}=cb^{-1}$が従う.$\blacksquare$